閑話 オリビアの苦悩
閑話です。話自体は短めで会話多めです。恐らく読み飛ばし可能です。
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「オリビアさん!この商品はどこに!」
「ええと、そっちよ!」
「オリビアさん!これは!」
「ええと…」
そんな怒号が飛び交うのはオリビア商会の本部の建物。今日も山のような発注で大忙し。そんな中、すこし余裕が出てきたので執務室の机に座った会長のオリビアは人知れずあることで悩んでいた。
「ユリウスに教えてもらった『収納魔法』…。みんなにも教えて使えるようにしよっかな…」
そう。どこの世界でも、収納魔法は商人にとって非常に大事で有用性の高いもの。以前も、太古の時代に失われた収納魔法の技術を求めて商人が冒険者団を雇って迷宮に挑んだことがあった。まあ為すすべもなく返り討ちに遭ったそうだが。
とにかく、世界中の商人が求めてやまない収納魔法。古代の商人たちも活用していたという。
だが、今の時代だと失われた古代魔法となっている。収納魔法に関する資料や魔導書が眠っているとされるダンジョンは、世界中にあるダンジョンの中でも非常に難易度が高く、全100階層のうち10階層しか踏破されていないのだとか。
―――そんな魔法をおおっぴらに使えばどうなるか。そんなことは自明の理である。
他の商人だけでなく国にも目をつけられ、出処を訊かれる。それが国王の勅命での尋問とかだったら最悪だ。国王自体は常に民のことを考えて行動するもしユリウスの魔法だということをバラせばユリウスに危害が及ぶ。
―いや、間違いだ。ユリウスに危害を加えようとした者――例えばあの愚かな宰相の私兵だとかに危害が及ぶ。そして、その情報を漏らしたのがオリビアだとバレたら―――。
「――さん!」
やはり、使うとしたらバレないように使うしかないが、収納魔法を使えば作業効率が大幅に上がり、目立ってしまう。ならばやはり――。
「オリビアさん!大丈夫ですか!?」
「え?」
思考に没頭していたオリビアは秘書のトラヴィスの声に気付くと顔を上げる。
「大丈夫ですか?顔色がよろしくないようですが…。休憩室で休んできたほうが良いのでは?」
「いえ、大丈夫よ。仕事は?」
「一通り終わりましたので、大丈夫ですよ。そんなことより、何か悩み事でも?」
オリビアは悩む。いくら信用できる男とはいえ、ユリウスや収納魔法のことをバラしていいものか、と。
「大丈夫ですよ。絶対に誰にもバラしませんから。それが例え恋の悩みだったとしても、生理痛がキツいといっ―――」
ドゴォォ!
しっかりと身体強化魔法をかけたオリビアの正拳突きから飛び出した衝撃波――謂わば『飛拳』がトラヴィスの鳩尾に刺さる。
魔術学園をかなりの成績で卒業したオリビア。『アルティメット・マジシャンズ』に襲われたときのように不意打ちされるとテンパってしまうという欠点があるが、決闘形式での強さはかなりのものだ。
かくいうトラヴィスも、オリビアの後輩だが在学時は専らそんなオリビアの魔法の練習相手を努めていたほどの実力者。つまり――
「いたた…。容赦なさすぎません?これでテンパる癖さえなければ毎回護衛を雇う金を節約できるんですよ?」
しかも、その護衛は全く役に立たず、偶然通りすがった少年に助けてもらうという始末―――
「…ユリウス」
「え?ああ、オリビアさんを助けてくれたとかいう少年――でしたか?どうかされました?」
「ねえトラヴィス。ちょっと相談なんだけど、もしよ?もし、あなたが失われた『古代魔法』の術式を偶然発見して使えるようになったらどうする?」
「…?どうする、とは?」
「自分だけのものにするか、みんなにも公開するか、ということよ」
「…!まさか…!」
「た、例えばの話だからね!もし、そんなことになったらどうするかっていう話で…」
「はあ…。嘘を見抜けるギフトがある分相手の嘘は通じないのは良いんですが嘘が下手すぎますよ…」
「うぐっ」
「で、なんの古代魔法を…?」
「…。『収納魔法』よ…」
「――ッ!詳しくお願いします…」
「なるほど。そのユリウスという少年に危害が加わるのを恐れて公開するか否かを迷っていると」
「…そう。っていうかその危害の原因が私って知った彼に報復されるのを恐れて、って感じね」
「確かに、世界中で恐れられている盗賊団を鎧袖一触で倒したとなると…」
「ここだけの話、飛行魔法、神話級の雷魔法、収納魔法まで使えて四属性の同時展開、空気中からの魔力補給、新しい魔法の考案、構築まで出来るのよ」
「…さすがに冗談ですよね?」
「いえ、本当よ。私嘘が下手だったあなたさっき言ったでしょう?」
「…ええ。嘘を言ってるようには見えませんでしたが…。その少年は本当に人間ですか?」
「ギフトの効果を使って確認したから人間なのは確実なんだけど流石に私も疑ったわよ…」
「――その話なら心当たりがあります。神話の時代に神とともに魔王たちを封印した勇者は人間でしたが異世界出身だったためその知識を活かして人外の力を手に入れたとか――」
「え?じゃあユリウスは異世界人だってこと?」
「さあ…。そこまではわかりませんが、少なくとも普通の存在ではないでしょう。あなたのギフトを看破できる可能性もありますし、正体が確実に分かるまでは警戒しておいたほうがいいと思います」
「そ…そうね。じゃあユリウスの正体の件は一旦置いといて『収納魔法』の件はどうすればいいと思う?」
「一旦保留にしておいて、ユリウス君を店に招くなどして正体を確認したり彼の意見を聞いてから判断しては如何でしょうか」
「そうね。いくらなんでも開発した本人の許可なくってのは駄目よね。確か二週間後の週末は私とあなたの予定空いてたわよね?」
「そうですね。では、そのときにアポを取って招く、ということで」
「穏便にね?間違って脅したりなんかしないでね?死ぬわよ?」
「オリビアさんの中での私のキャラってどうなってるんですか…」
「さてと、仕事に戻りましょうか」
「そうですね」
そう言ってオリビアは嘆息しながら机の上の書類に手を伸ばす。トラヴィスも職員に指示を出しに執務室を出ていく。こうして、オリビア商会の多忙な一日が再開した。
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