第8話 勇者(笑)
「なあ、ゴレオンの仲間のやつが『悪魔が来た』とか言って走り回ってたから来たんだが…」
アレスとかいう勇者が入ってくるなりそう言うと女性の冒険者たちから黄色い悲鳴があがる。
「ちょっと静かにしててもらえるかな?もし本当に悪魔が出現したんなら微力ながら参戦しなくてはならないんじゃないかと思ってね」
アレスがそう言うとさっきまでキャーキャー言ってた奴らが静かになる。面白いな。
「いえ、アレスさん。ゴレオンさんはこの少年に絡んでボコられただけなんで悪魔だなんて多分そいつらが勝手に言ってるだけだと思いますよ」
お金を持ってきてオリビアに渡した受付嬢さんが答える。
「この子が?明らかに10歳くらいに見えるんだが本当にこの子が?彼は一応Cランクだったよな?それを倒すなんてその方がやばいんじゃないか?」
「いえ、悪魔が化けている可能性も考えましたがそんなのありえないんですよ。オリビアさんの固有スキルは知ってますよね?だから騙しているなんて考えられないですしあんなに楽しそうに話しているオリビアさんは見たことがありませんので脅されている可能性もないかと」
「ふむ…それもそうだな。早とちりしてすまなかった」
「いえいえ、悪いのはあいつらですから」
どうやら受付嬢さんの説明に納得したようだ。
しかし…
「なら僕も彼と模擬戦をやってみたいな。その歳でCランク冒険者を下す実力がどれほどのものか見てみたい。未来ある少年に何かアドバイスでもできるかもしれないしね」
うわ、面倒なの来たよ。…まあ、この世界のキャーキャー言われる冒険者の基準とか分かるしもしかしたら新しい発見とかもあるかもだしやってみるかな。
「わかりました。Sランク冒険者さんにどれだけ通用するかわかりませんが胸を借りるつもりでお受けさせてもらいます」
「その言葉遣いも本当に子供とは思えないね。僕が勝ったら君の正体を教えてもらえるかな?」
「本当にただの子供ですから。では僕が勝ったらどうしますか?」
途端にアレスの顔が険しくなる。
「本当に勝てると思ってるのか?Cランクごときに勝てたからといって調子に乗らないほうが良い。上には上がいるということを教えてあげるよ」
「そうですか。ではこんなこと考えても仕方ないですね。実はこの後予定があるので早くやりましょう」
「…いいだろう。ではついてきたまえ」
そういうとアレスはギルドを出て裏手の方に向かって歩いていく。
俺もついていこうとしたところでアレスの仲間の僧侶らしき女性に不意に声をかけられる。
「ねえ、アレスをあんまり怒らせないほうがいいわよ。あいつ中身子供みたいなもんだから怒ったら手加減とかできなくなっちゃうの。大怪我させられちゃうかもよ?」
ふーん、正確な力を測れないのは残念だけど怒り狂ってる相手をボッコボコにするのも楽しいかも。ていうか中身子供て。典型的なダメダメ実力者やん。
「ご忠告ありがとうございます。でも手加減なんかされて勝っても面白くないので大丈夫ですよ」
「そう。後悔だけはしないようにね」
「はい、ありがとうございます」
そう言って俺もギルドを出て建物の裏手にまわる。
するとそこでは、アレスが模擬戦用の軽装に着替えて木剣を持って待っていた。
「やっと来たか、では始めよう。今回は純粋な剣の勝負にしよう。魔法はなしだ。ハンデはどうする?」
「無しで」
「いちいち腹の立つやつだ。…後悔するなよ…?では行くぞ!」
そう言って一気に距離を詰めてきたアレスが上段から斬りかかってくる。フェイントも何もないシンプルな一撃。それ故にそれなりには速いがまあそれだけだ。身体を軽くひねって躱すと振り切った隙に顔面目掛けて横薙ぎを当てる。全体重を乗せて斬りかかってきていたので躱せる筈もなくHIT。しかしダメージはないようだ。アレスがニヤリと笑う。
…おかしいな。いくら子供の力とはいえノーダメージってのはおかしい。まさか…
その後もアレスが矢継ぎ早に攻撃を仕掛けてくるのでそれを軽く捌いたり躱したりしながら『魔力探知』を発動する。するとアレスの身体から『身体強化』の反応が…。
「ふむ。速度強化と防御力強化か。どうりで速いし攻撃が効かないと思った」
「!?なぜそれを!」
「いや、ちゃんと隠蔽しないと。隠す気も無かったんじゃないかと思ったよ」
「『身体強化』を…隠蔽…?」
「あーもういい。その程度だって分かったらもう充分だから」
「何をーーぐふっ!?」
オリビアに魔力の取り込み方を教えたときの応用でアレスから死なない程度に魔力を奪う。すると強化を維持できずに動きが一気に鈍る。そこに、今度は俺が『身体強化
(筋力強化、速度強化)』を発動し、 木剣の腹で殴る。アレスは数メートル吹っ飛ばされ、塀を砕きながらぶつかって止まった。
「うぐっ…まさか…この僕がこんなガキに…!」
ほう、結構な威力で殴ったのに気絶しないとは。さすがはSランク冒険者なだけあるな。
「ぐふっ、ぶっ殺してやる!火焔よ、我が鉾となりて敵を穿て!『ファイアアロー』!」
立ち上がるなり中級魔法をぶっ放してくる。
魔法禁止だって自分で言ってたじゃん。
まあいい。俺も『ファイアアロー』を放ち、相殺…なんてしない。無詠唱で放てば威力をいじれる。もちろん相手の魔法よりも高い威力で打てば霧散させてそのまま突っ込ませることができる。
「なっ!?何故…」
アレスの顔が驚愕に歪む。
その顔に火矢が突き刺さるーーー
「防げ、『アークウォール』」
ことはなく、障壁に阻まれる。
「はい、そこまで〜。ったくこの馬鹿、子供相手に勝負挑んでズルしたのに負けて挙げ句魔法まで使ってそれでも負けるなんてカスすぎるっしょ…」
「さっきの魔法はあなたが?」
観戦に来ていた他の冒険者の中から女性が出てきてアレスに近づいていく。見ると、他の観戦に来ていた人たちはみんな魂が抜けたように虚ろな目をしている。
「ええ、そうよ。この馬鹿のパーティーの僧侶」
「ああ、道理で結界魔法が上手いわけだ」
「まあね。…でもどうせあんたの方が上手いんでしょ?」
「何故そう思うんですか?」
「最後の『ファイアアロー』。無詠唱だったじゃない。しかも平然と。アレスの魔法の威力を上回ってるし」
しまった、忘れてた。
「…」
「つまり、とっくに魔法は極めてる。少なくともSランク冒険者の魔法なんか簡単に超越するほどに」
「…」
「才能で片付けられたら楽だけど、そんなの無理なレベル。10歳で、魔法を極めてあれだけの体術、剣術まで。若返る魔法を見つけた賢者とか転生した神話の時代の勇者とかかしら?」
「…あんたは一体…」
「私?私はただの世界一の僧侶よ。勇者のパーティーの魔法使いなんだから世界一で当たり前でしょう?まあ尤もあなたがいる時点で世界二になっちゃうけど。で?あんたの正体は誰なの?」
こいつ…本当にただの僧侶か?なんか怪しいな。あれだけでそこまで考えられるようなやつがただの魔法使いな訳がない。どちらにせよこいつに正体を明かすのはまずそうだな。
「ああ、ほぼ正解だ。俺はかつて勇者として神々と一緒に魔王共と戦った。前世では戦いばかりだったからな。面倒な戦いなんて無い一生も味わってみたいって思ったんだ」
我ながら酷い嘘だ。こんなのバレない訳がない。
「そう。まあ嘘だとは思うけどそんなこと問い詰めてもどうせ吐かないでしょうからそれで納得しておくわ。じゃ、私はこのゴミ持って帰るわね」
そう言ってアレスを引きずって去っていく。
「あ、そうだ、あんたの名前は?」
「私はノワール。またいつか会うことになるかもだから一応憶えててもいいかもね」
「わかった。じゃあさっさとそのゴミ持っていってもらえるか?」
「言われなくてもそのつもりよ。じゃあね」
それだけ言うとゴミを引きずって去っていく。
本当に彼女は何者なのだろうか。流石に異世界から転生してきたとは思ってないだろうが、あのほんの短い間であそこまで見抜くとは…。
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