金曜日Ⅲ

 カーテン越しに朝日がぼんやりと部屋を照らしている。小鳥たちはぴーちくぱーちくと世間話に花を咲かせていた。


 僕は変に凝り固まった身体を起こした。全身が石のようになっている。特に腰がひどく重い。身体を右に左に捻ってみると豪快に骨が鳴った。隣でうるさそうにうめき声があがる。


 はて、とそちらに目をやるとベッドが見えた。僕はどうやらベッド脇の床に直接寝ていたようだ。そりゃ身体のあちこちが軋むはずである。そして、どうしてそんなところに寝ていたかというと、ベッドには先約がいたからだった。


 そこには七色先輩が眉間に皺を寄せて眠っていた。さきほどのうめき声は彼女のものらしい。安眠の邪魔をされてひどく不機嫌そうだ。


 どうして先輩がすぐ隣で寝ているのか、と驚いて反射的に距離を取ろうとしたが、ぐっと何かに引っかかった。視線を落として見るとベッドからはみ出した先輩の腕が僕のシャツの袖をぎゅっと握っていた。


 意識を覆っていた眠気の靄が徐々にはれ、僕はことの顛末を思い出した。昨日、風邪を引いた先輩を部屋まで連れてきたはいいものの、心細いからそばにいてとお願いされて、そのまま眠ってしまったようだ。


 僕は先輩を起こしてしまわないようにそっと額に触れる。ほんのりとした温もり。どうやら熱は引いたらしい。よかったと胸を撫でおろす。


 病気との戦いで疲れているのだろう、先輩はまた深い眠りに落ちたようだった。眉間の皺も消え、いまは穏やかな寝顔だ。


 こうして眠っていれば先輩たちの区別はまったくつかない。あれほどまでに個性的な人たちだというのに。


 不思議だと思う気持ちが半分、当然だというのが半分。もともと彼女たちは区別するべき存在じゃないはずだった。だけど、僕は彼女たちを知っている。それぞれみんなを知っている。


 ひとりひとりを尊重するべきなのか。それとも……。


「……後輩? そばにいる?」


 考えに沈み込む僕を先輩の声が引き上げる。先輩はとろんと溶けた目で僕を見ている。まだ眠りの中にいるのだ。袖を掴む手に力が入り、ぐっと引っ張られる。僕は安心させるために先輩の頭をそっと撫でる。


「よかった。私、なんだか怖いの」


 悪夢を見た子供のように先輩が言う。どうしたのかと訊くと、先輩は嫌々をするように小さく首を振った。


「なんだか消えちゃいそう。私が、消えちゃいそうで怖いの」


 不安に震える先輩に僕は何も言えなかった。ただ先輩がいますべてから逃れて眠れるように、優しく頭を撫で続けた。

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