木曜日Ⅲ

 先輩の看病のおかげかすっかり元気になった僕は、相も変わらず校門に立って挨拶運動をしていた。ぺこぺこと頭を下げながら、先輩にはお世話になったし、なにかお返しをしなければと考えている。


 僕の目が人の流れの中に先輩の姿を捉えた。そしてぎょっとする。こちらへと歩いてくる先輩の様子が異様なのだ。


 ふらふらと流れに身を任せるクラゲのように頼りなく、頭もぼさぼさでシャツもだらしなくはみ出している。なによりスカートの下にパジャマらしき水玉のズボンを履いていた。


「おはよう」


 そんな違和感ブーストMAXの七色ななしき木葉このは先輩は無表情に僕へと挨拶を交わすと、何事もないように歩き去ろうとする。僕は肩に手をかけて止める。そんなに力を入れていないのに、先輩の身体が大きく揺れて、そのまま僕の腕の中へと倒れこんできた。


「なんか変」


 それどころの話じゃない。息が荒く、肩が揺れている。顔が茹蛸のように赤い。嫌な予感がして、僕は先輩の身体を支えつつおでこに手を当てる。……案の定だ。熱が出ている。


「大丈夫だいじょうぶ」


 先輩が急にいつものように締まりのない笑顔を浮かべたかと思うと、ピースサインをしてみせる。僕を安心させようとしているのかも知れないけど、こんなときの『だいじょうぶ』ほど信用できない言葉はない。


「え、え?」


 先輩に失礼を詫びてから、僕は屈み、肩と膝裏に腕を回して、先輩を寝かせた状態で抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこだ。周りが何事かとじろじろ見てくる視線が恥ずかしいが、そんなこと言っている場合でもない。


 先輩を安心させようと頷いてから歩き出す。お姫様抱っことやらを初めてやったけど、腕よりも腰と膝が危ない。一歩ごとにぷるぷると震え、今にも悲鳴をあげそうだ。


 ここは格好つけずにおんぶに、と提案を出そうとしたときに先輩が僕の首に腕を回した。抱き着く格好になり、先輩の顔がぐいと近づく。


「えへへ、嬉しいなぁ」


 耳元で聞こえた先輩の声に僕は自分の身体に鞭を打つ。運動不足の毎日を恨みながら、悲鳴をあげる筋肉に叱咤激励を飛ばす。ここで頑張らなきゃいつ頑張るんだ。


 先輩の頭が僕の肩にもたれかかる。規則正しい息が腕の中から聞こえ始めてのぞき込むと、先輩が静かに眠っていた。口角がやんわりとあがり、なにやら幸せそうだ。


 そんな様子に僕はなおさら奮い立った。無条件の信頼を得た気がした。姫を守る騎士になれた気がした。たとえ腰を痛めても、明日から筋肉痛に悩まされてもいいと思えた。


 もちろん、ないほうがいいに決まってるけれど。

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