火曜日Ⅲ

 雨が白い線を引いて降っていた。僕たちはその様子を教室の中から窓越しに見つめている。蛍光灯の光が時折ちらつき影を作るのが、古いモノクロの無声映画のワンシーンのような印象を抱かせる。


 放課後には身体を動かすことに精を出している活動的な七色ななしきほむら先輩もさすがに今は大人しくしている。僕の机を挟んだ向かい側に座り、頬杖をついて、しとしとと降る雨を恨めしげに見つめている。


「外が駄目なら中ですればいいじゃない」とどこぞの王妃のようなことを言って、活き活きと校内を走り出した先輩だったが、数分後にしょんぼりと肩を落として帰ってきた。どうやら先生に怒られたらしい。まるで小学生男子だ。


「はやく雨止まないかな」


 天気予報を見なかったので今日は傘を持ってきていない。先生に相談すれば傘を借りることだってできるだろうし、道のりはそれほど長くないのだからいっそのこと走り抜けてしまっても構わないのだが、僕はもう少しこの時間を過ごしていたかった。


 真っ白な蛍光灯の光の下で見る先輩は、いつもと違っていて新鮮に見える。快活さは鳴りを潜めて、いまはアンニュイな表情を浮かべている。ポニーテールのうなじ、後れ毛が色っぽく、まるで美人画のようで、僕は思わずじっと見つめてしまう。


 ふいに先輩がこちらを向いたので、ばちっと目が合う。僕は照れくささもあり、さっと視線を逸らした。先輩が不思議そうに首を傾げ、髪のしっぽが半拍子遅れて揺れる。


「暇だね」


 先輩が深々とため息を吐く。ほむら先輩は活動的であるがゆえにじっとするのがあまり得意ではない。もちろん大人なので普段は我慢しているが、僕といるときは比較的わがままになるらしく、先輩は不満げに足をぱたぱたとさせる。


「ね、ゲームでもしようか」


 そうだ、と手を打った先輩を僕は驚いて見つめた。先輩から「ゲーム」という単語が出てくるのは珍しい。テレビゲームやアプリゲームが溢れている昨今、それらにまったく手を出さない希少な人なのだ。


「失礼だな、後輩は」先輩が馬鹿にするなと頬を膨らませる。「私だってゲームくらいするさ。この間だって君とトランプをしたじゃないか」


 先輩の言葉に僕の動きが止まる。先輩も少し遅れて固まった。いま、自分がなにを言ったのか理解できないような顔をしていた。


 雨脚が強くなり、砂嵐のような音が僕らを包み込む。稲光が光と影の境界をはっきりとさせる。近くに落ちたのか地面がびりびりと震えた。


 雨は止む気配を見せず、世界から僕たちを切り離す壁のようにいつまでも降り続けた。

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