月曜日Ⅲ

 放課後の清掃活動を終えて、帰路についた僕は夕闇の中にぽつんと立つ先輩の姿を見つけて驚いた。だって、今日は金曜日じゃない。だから、校門に七色ななしき先輩がいるなんて思いもしなかった。


「あら、どうしてでしょうか?」


 僕が先輩にそう伝えると先輩は困惑げにそう言った。自分でもなぜここで僕を待っていたのかわからないらしい。先輩は眉を八の字にして、心から不思議そうに首を傾げた。闇に溶け込みそうな黒髪が肩から流れ落ちる。


「せっかくですから、一緒に帰りませんか?」


 僕はもちろん先輩の提案を受け入れた。先輩がとぼけているだけで、本当は僕になにか用事があるのだろうと思っていたし、なにもなくても先輩と帰るのを断る理由にはならない。


 道中、僕はさりげなく先輩に話を振ってみたりしたが、先輩はなにか特別なことを言うでもなく訊くでもなく、他愛のない話に終始し、僕らは家へとあっさりと着いてしまった。


「それでは後輩さん。また明日」


 両手を前で揃えて、きちりと一礼をする先輩を僕は止める。今日、僕を待っていたのはなにか用事があるからじゃないのか。そう直接聞いてみる。


「いえ、本当になにもないんですよ。なんだかあそこで後輩さんを待つのが普通のことのように思えただけで」


 右手を頬に添えて言う。七色輝夜かぐや先輩は決して嘘をつくような人ではない。彼女の目を見る限り、本当のことを言っているように思えた。


「でも、もしかしたら」


 先輩がなにかに思い当たったようだ。僕が先輩の言葉を待っていると、あえて焦らすようにゆっくりと瞬きをする。長い睫毛が蛍光灯の光を受けて輝いて見えた。


「後輩さんと一緒に帰る。それこそが私の目的だったのかもしれないですね」


 うふふ、と先輩は笑う。先輩の周りに綿菓子のようなふわふわとした光の玉が浮いているように見えた。幸せそうな表情を浮かべている先輩があまりにのほほんとしていて、僕はその場でずっこけた。


「あら、どうしました?」


 まあ、と口元に手を当てて上品に驚いている先輩にはどうやら本当に裏などなかったようだ。そもそも輝夜先輩に限ってそんなことはありえないのだから、今回は僕のうたぐりすぎだった。


「後輩さんさえよかったら、また一緒に帰りませんか?」


 今日すごく楽しかったので、と先輩が聖母のような慈愛のこもった笑顔で言う。この笑顔に対して首を横に振れる人がいたら見てみたい。僕はそう思いながら頷いた。


「やった。約束ですよ」


 先輩は小さく拳を握ると嬉しそうに言って「それでは」と扉の向こうへと消えていった。扉が閉まる寸前まで先輩の鼻歌が小さく聞こえていた。

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