現実との対話Ⅱ
「そうか」
「そういえば朝の挨拶運動やら清掃活動やら、まだ続けているらしいな。ほかの先生方から聞いたよ」
先生がひょいと話題を変える。僕は頷きで返す。それらの活動はこの先生の発案だった。人と接する機会を増やし、ほんの少しでも僕の気が晴れればということらしかった。
「偉いじゃないか」
今度は先生の言葉に素直に頷くことはできない。僕のやっていることは自らの罪を誤魔化すための偽善に過ぎないのだから。
「偽善でいい。どうせこの世に万人に認められる善はない。物語に出てくるような絶対正義のヒーローなんていないんだ。そんなことはお前だってとうに知っているだろう」
先生がニヒルな笑みを浮かべて問いかけてくる。そうだ、僕はそんなこと知っていた。身に染みるほどに、痛いほどに知っていた。この世に正義のヒーローがいたのなら、あの地獄から僕を、先輩は救ってくれたはずだから。
「一切合切救ってくれるヒーローがいないから、私たちは常に取捨選択を繰り返していくしかない。なにかを選ぶということは、なにかを選ばないということだ」
先生がこの世の真理をつまらなそうに説く。間違いであればどれだけいいか、とタバコをふかす。
取捨選択。僕もいつか選ばなければいけないときがくるだろう。彼女たちの中からひとりを選ばなければいけない。それはひとりを救って、他を見捨てるということだ。ひとりのために残りを犠牲にするということだ。
そんな選択を僕はできるのだろうか。いや、そもそもそれは僕が選んでしまっていいことなのか。それは驕りではないか。僕が決めてしまっていいはずがない。僕のような罪人が。
「いいか、くれぐれも言っておくがな」
呆れたようにため息を吐くと、先生が火のついたタバコで僕を指し、眉間に皺を寄せる。同じことを何度も言わせるな。けだるげな表情がそう物語っていた。
「勝手に罪を背負うんじゃない。お前や七色はなにも悪くない。元凶はただひとり。すべての罪はそいつの物だ。いらんものをご丁寧に拾ってくるな、馬鹿者が」
先生はいつもそう言ってくれる。僕にはなにも罪はなく、それどころか被害者であると言ってくれる。ひとりの少女を地獄から連れ出した、悪よりも善に近い存在だと言ってくれる。
だけど、僕はそう思わない。先生は僕のしでかしたことを知らない。本当の意味で僕の言っている罪を知ることはない。
僕はあの日、七色初架先輩を殺したんだ――。
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