日曜日Ⅱ
「こうちゃんが家にきてくれるなんて、うれしいな」
いまの部屋に住み始めてもうすぐ三年になるが、先輩の部屋に入ったのは初めてだ。僕はすこし緊張しながら玄関を潜った。いったいどんな部屋なのだろうと膨らんでいた期待は、すぐに萎んだ。
僕の部屋となんら変わらない光景が広がっていたからだ。女の子らしい可愛い小物や、甘い匂いの芳香剤があるわけでもない。備え付けの質素な家具が申し訳程度に置かれた、ひどく殺風景な部屋だった。
「え、ご飯作ってくれるの? 材料あったかな?」
気を取り直して僕はキッチンへと立つ。ちょうどお昼時だ。平日と変わらぬ時間に食べた朝食はしっかりと消化され、胃袋は次の食材を待ち受けている。さて、なにを作ろうかと冷蔵庫をのぞいてみる。
シングル用のあまり大きいとは言えない冷蔵庫は、それでもがらんとしていた。冷気が申し訳なさそうに身を低くして出ていく。ほのかにオレンジ色に染まった光に照らされた庫内にはタッパーに詰められた白米と納豆、それから卵がふたつ。それだけだった。
「あちゃ、これじゃ無理だね。なにか買ってこようか」
照れくさそうな先輩に僕は首を振る。これでもできる料理がひとつある。というか、僕はそれくらいしか作れない。
「あ、わかった。納豆チャーハンだ。私大好き」
チャーハン嬉しいなー、と変なメロディーに乗せて歌い上げる。やけにご機嫌でなんだかこっちまで嬉しくなる。
さて、ちゃちゃっと作ってしまおう。まずは卵を溶いて――と殻を割り、ガラスの器に落とした瞬間のことだ。まず異臭が鼻をついた。硫黄のようなひどい臭い。なにごとかと見てみると、まだ手を触れていないのに黄身と白身の境界が曖昧に混ざり合っていた。
「うわ、ごめんね。それいつのやつだろ」
先輩がパックの日付に目を凝らしている間、僕は腐った卵から目を逸らすことができなかった。硬い殻に守られた卵。見かけ上、なんら変化はなかったけれど、硬い殻の内側で刻々とその身を腐らせ、本来あるべき境界を曖昧にしていった。
まるで雷に打たれたように僕は立ちつくした。どうしてなのか判断もできぬまま、僕はひどくショックを受けていた。
「ごめんね、せっかく来てくれたのに。やっぱりこうちゃんのお家でご飯にしよ」
両手を合わせて謝る先輩を見る。失敗したことすらも楽し気にする彼女にはなにも問題はないように見える。見かけ上は。なら、彼女の内側は、いったい――。
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