土曜日Ⅱ

 朝。


 といっても時刻はすでに十二時前。世間的に言えば昼の時間にようやく僕は起床した。布団からもぞもぞと出る。あくびを盛大にしながらぼりぼりと腹を掻く。


 ひとり暮らしの男の寝起きなんてこんなものだ。決して人に見せられるものではない……のだが。遮光カーテンを開き、眩い日光で白く染まる視界の中、一部だけ黒い影があった。人の形をとっている。


 泥棒か、それとも幽霊の類か。驚きでその場に固まった僕を見て楽しげに笑うのは、そのどちらでもない。布面積の少ない服を申し訳程度に着たひとりの女性がそこにいた。


「いやあ、いつもとアプローチを変えてみようと思ってさ」


 七色ななしき輪子りんこ先輩はそう言ってベッドに腰掛け、すらりと伸びる足を組む。短いズボンでは到底彼女の肌を隠し切れず、見えてはいけない部分が見えそうでやきもきする。あの面積は下着とそう変わらないのではとさえ思う。


 先輩はロマンチックな出会いというものを計画し、ベランダのへだて板をぶち壊してやってきたらしい。ずいぶんと乱暴なロマンである。


「あれって結構硬いのね。おかげで足痛くなっちゃった」


 それでさっきからふくらはぎを揉んでいるのか。前かがみになるものだから、緩いシャツから胸元が覗きそうで僕は視線をそちらに向けないように頑張っていた。


「結局金属バットでぶち破ったんだけどさ。手まで痛くなっちゃった。ねえ、手のひら揉んでくれない?」


 どうして金属バットが家にあったのだろうか、と首を傾げつつ、先輩の手のひらをマッサージする。ほんのりと赤くなっているので擦過傷のようになっているのかもしれない。揉んでしまって大丈夫だろうか。冷やしたほうがいいのでは?


「いいの」


 突然先輩が手を動かし、ぎゅっと握った。巧みな動きで自分の指を僕の指の間に滑り込ませてあった。いわゆる恋人繋ぎだ。ふいに包まれた柔らかさと温もりに僕の体温が急上昇する。


「あ、こういうのがいいんだ」


 にやりと笑った先輩の顔が近づいてくる。


「ねえ、このまま恋人のステップあがっちゃう?」


 僕の耳元で先輩がささやく。甘い声に背中を震えが走った。まずい、このままじゃ流されてしまうかもしれない。


「なんちゃって、冗談よ、冗談」


 理性で本能を説得していた僕から、ぱっと先輩が離れる。手も解放されて、空気に触れてひんやりとした。安堵と落胆を同時に感じる。


「いやあ、後輩くんはかわいいね」


僕のことを初心だ初心だと笑う先輩の耳も、ほんの少し赤くなっている気がした。

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