金曜日Ⅱ

 強い風がびょうと吹き、電線の上で雀たちが躍っている。僕はそれを見ながらチャイムのボタンを一定の間隔をあけて押し続ける。金曜日の朝、僕は目覚まし時計となる。


 三分ほどチャイムを鳴らし続けてそろそろ疲れてきたころに扉の向こうからうめき声が聞こえた。分厚い鉄製の扉越しに聞こえるくらいだから、かなり大きな声である。やっと起きたみたいだ。


 ポケットに入れている携帯が震える。取り出して見てみると七色ななしき先輩からメッセージが届いていた。「部屋で待ってて」シンプルな一文に先輩らしいやと思わず笑う。


「なにしてんの、行くわよ」


 十五分後。部屋へとやってくるなりはな先輩は腕を組んで言った。僕を見下ろすその目は女王様と呼ぶにふさわしい威厳を放っていた。飲みかけのお茶を急いで流し込んだ僕は、従者よろしく先輩の傍らに控えて歩く。


 管理人室の前で箒掛けをしている管理人さんに出会う。にっこりと人の好い笑顔で挨拶をしてくれるが、先輩はそそくさと歩き去った。すみませんと謝罪の意を込めて頭を下げて先輩を追う。


「もういいわ」


 管理人さんの姿が見えなくなると先輩が言う。なれなれしく近寄ってきた野良犬を追い払うような仕草だ。向かう先はどうせ同じなのだし、せっかくだから一緒に行きたい、と僕が伝えると先輩はふんと鼻を鳴らした。


「まあ、そんなに言うなら仕方ないわね」


 行くわよ、と歩き出す。金曜日の朝はここまでがセットになっているので、僕もなにもなかったようについていく。学校へ着くまでの間、先輩は僕の言葉にきちんと目を向けてくれる。言葉や態度はきつくても、心根は優しい人なのだ。


「え、鍵?」


 朝、先輩を起こすのにチャイムを使用するのは少し疲れる。中に入ってよければもっと迅速に起こすことができるので非常に便利だ。考えもなしに放った言葉に先輩が引っかかった。


「そんなことできるわけないでしょ! ダメダメ、絶対にダメ!」


 思ったよりも強い拒絶に面食らう。「いつもうるさいと思ってたの、もっと気持ちよく起こしなさい」とか言われるかと思っていた。


「どうしてって……その」


 僕が理由を訊くと先輩は珍しく目を泳がせた。きょときょとと言い訳を探すように宙を見て、指をもじもじさせる。


「……好きなひ……寝起き姿とか……見られた……ないし」


 もごもごと呟いた言葉は強い風に吹き飛ばされて、よく聞こえなかった。なぜか赤い顔をした先輩にもう一度言ってくれるようにお願いする。と、先輩の眉が跳ね上がる。


「うっさいわね! バーカ!」


 語彙力が小学生に戻ったのか「バーカ!」を連呼しながら先輩が駆けていく。僕は呆気にとられながら、風になびく髪とスカートを見送った。

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