木曜日Ⅱ

「ねえねえ、後輩ちゃん」


 購買で買ってきたサンドイッチを食べながら、七色ななしき木葉このは先輩が言う。小さい口でちょこちょこと食べる姿はハムスターのようで愛らしい。


「今日、お部屋に遊び行っていい?」


 小首を傾げ期待を込めた眼差しで見つめてくる。ふたつのおさげが少し遅れてぷらりと揺れる。僕はもちろんと頷きを返す。


「やったー!」


 先輩が両手をあげて万歳をする。元気のよい声が教室に響き渡り、一斉にクラスメイト達の視線がこちらへと集まった。教室の中がしんと静まり返る。先輩はそれを敏感に察知して、隠れるように肩を縮め、もそもそとサンドイッチを食べ始めた。目を合わせると怒られるとでも思っているのか、視線は頑なに机の上から動かない。


 先輩が借りてきた猫のごとく大人しくしていると、向けられていた視線は徐々に減っていき、クラスメイト達は各々の会話へと戻っていった。教室の中がまた騒がしくなり、潮騒のように音が満ち始める。先輩は巣穴から顔を覗かせる小動物のように、視線をきょろきょろと動かして、ほっと胸を撫でおろした。


「んにぃ!」


 かと思えば急に奇声を上げて上体をのけ反らせた。どうしたのかと見ると、顔が苦虫を嚙み潰したように歪んでいる。夏場の犬よろしく赤い舌をべーと出して、いまにも泣き出しそうだ。


「……トマト、入ってたぁ」


 てっきり間違って舌でも噛んでしまったのかと心配していたのだが、なんだそんなことか。肩透かしを食らったような気分だ。


「そんなことじゃないよぉ! すっごく大事なこと! いい? トマトはおいしくないでしょ!」


 怒られた。どうしてか僕が怒られて、白米の真ん中に鎮座する梅干しの上に食べかけのトマトがベンと置かれた。


「あ、日の丸弁当だぁ」


 いや、日の丸が欠けているから日食弁当と呼ぶのはどうだろう。なんて無駄に真面目に提案してみると、先輩がケタケタと笑った。非常に楽しそうでなによりだが、はやく食べてしまわないと昼休みが終わってしまう。


「あ、そうだったぁ」


 先輩が思い出したとばかりに手を打つ。「そうそう、お部屋に行くのはねぇ」と話を本筋に戻す。それから「ふっふっふ」と謎にしたり顔をしながら鞄を探り出した。


「じゃーん!」


 先輩が取り出したのは五センチほどの透明なプラスチックケースだ。中に見覚えのある柄をしたカードの束が入っている。


「お散歩してたおじいちゃんにもらったの! 今日ふたりでやろ!」


 楽しみで仕方がないというふうに顔を輝かせる先輩。僕はそれに笑顔で応じながら、ふたりでできるトランプのゲームはなにがあったかと、頭の中で検索をかけ始めていた。

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