月曜日Ⅱ

「お昼ご一緒しませんか?」


 四時限目の授業が終わり、先生が教室を後にすると室内の空気が柔らかくなる。育ち盛りである僕らはすでに空腹であり、昼食の時間は一日のうちでも上位に入るほどのお楽しみタイムだ。


 七色ななしき輝夜かぐや先輩が声をかけてくれたので、僕は一緒に購買へと向かうことにした。すこし遠いところにあるので、急ぎ足で向かわなければゆっくりとご飯を楽しむことができない。


 だというのに、先輩はのほほんとした笑みを浮かべて、足音を立てない楚々とした歩みでついてくる。優しげな目で枝葉を空に向けて伸ばしている木々をいつくしみながら、午後のひと時を楽しんでいる。僕は先輩の周囲だけゆっくりと時間が過ぎているのではと、いつも思う。


 先輩のその悠然とした姿にすれ違う人たちがにこにこと声をかける。先輩はそのひとりひとりに丁寧に応対し、うふふと口元に手を添えて笑って見せる。おじいちゃんやおばあちゃんに特に人気で、中には先輩が来るのを待ち受けて、菓子やら果物やらをプレゼントしてくれるファンもいるほどだ。


 ようやく購買にたどり着いた時には先輩の腕の中はミカンやら黒糖の飴やらでいっぱいになっていた。僕は購買のおばちゃんにその旨を伝えてビニール袋を一枚余分に貰う。


 帰り道も来たときと同じで少し歩いては呼び止められるものだから、教室についたのは昼休み終了十五分前だった。周りの学友たちはすでにご飯を食べ終えて、各々自由時間を過ごしている。


「いつもありがたいですが、すこし困ってしまいますね」


 先輩は買ってきた弁当を食べながら、眉の八の字にして、それでも嬉しそうに言った。机に置いた袋からミカンが転がり出て蛍光灯の光を浴びている。


「あ、駄目ですよ、好き嫌いしちゃ」


 僕が塩鮭の皮をぺりぺりと剥いでいるのを先輩が目ざとく見つけた。「めっ」と言って、眉をできるだけ釣り上げて、頬も膨らませて見せている。険しい表情を作ろうと頑張っているのだろうが、いかんせん眼差しが優しいので可愛らしさしか感じない。


「まったくもう、それ捨てるのはもったいないので私にくださいな」


 あーん、と口を広げている。お行儀のよい先輩にしては珍しい行動に僕はどぎまぎとしながらも、そこに鮭の皮を差し出す。ぱくっと閉じられた唇に箸が触れた。そこでハッと気づく。これは間接キスというやつでは?


 僕はしっとりと濡れた箸の先を見つめる。先輩はにこにこと笑うばかりで、僕の心中には気づかない。そればかりか唐揚げをひとつ摘まむと差し出してこう言うのだ。


「はい、後輩さん。あーん、ですよ」

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