水曜日Ⅳ
ドアノブはあっさりと回った。鍵をかける余裕すら、いまの先輩にはない。
昨日、屋上で過去の炎に焼かれた
室内は暗かった。カーテンが閉め切られ、明かりも消されたままで闇に沈んでいた。隙間から差し込む光がまっすぐに白い線を引き、その先にいる先輩をうっすらと照らしていた。
先輩は壁に背をあすげて、膝を抱えて座り込んでいる。家を閉め出された子供みたいに、その姿は小さく見えた。
「……後輩、くん」
先輩が僕に気づき顔をあげた。僕は背中に右手を隠したまま、先輩に挨拶をする。先輩の顔は薄闇の中に浮かびあがるように白かった。白磁の陶器みたいで、いまにも割れてしまいそうだ。
僕は先輩の前で跪く。目線を合わせる。荒々しい風が吹き、激しく波立つ湖面のように、先輩の目が落ち着きなく震えている。
先輩の殻は割れかかっている。
僕は隠していた右手を先輩の目の前に差し出す。差し込む光を受けて稲光のように光る包丁を見て、先輩が口をぽかんと開ける。
「あ」
先輩の目に赤い水たまりが広がっていく。命の抜けていく音が聞こえる。先輩の手がゆっくりと伸びて、落ちた。あの日失われたものはもう、戻らない。
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