火曜日Ⅳ

 本当にこれでよかったのだろうか。ひと晩中、僕はただそれだけを考えていた。ひとり布団に包まり、うじうじと思考のループへ沈んでいた。もう引き返すことはできないというのに。あとはただ進むだけしかないというのに。


 昨日、確かに殻にひびが入るのを見た。まだ中がどうなっているかはわからない。先輩にどんな影響が出るのかも。


「よう、後輩」


 朝一番に屋上へと呼び出した七色ななしき先輩は昨日の影響を感じさせない。凛と佇み、夏の日差しの中咲き誇る向日葵のように明るい。時間になるまで走っていたのか、額にしっとりと汗を掻き、軽く息を弾ませている。もしかしたら、ここまでの階段を二段飛ばしで駆け上がってきたのかも知れない。


 七色ほむら先輩はいつもと何ら変わらない。僕はどこか肩透かしを食らったような気分だった。まだ足りないのだ。罅は入っても、割れてはいない。


「タバコはだめだぞ」


 僕がライターを取り出したのを見て、先輩の顔が険しくなる。でも、その顔は僕が鞄から一本のロウソクを取り出したのを見て、怪訝なものに変わった。早朝の屋上でロウソクなんて見せられたら、そりゃそんな顔にもなるだろう。


「後輩、なにをして……」


 手で風を防ぎながら、僕はロウソクに火を灯す。小さな発火音がして、オレンジ色の炎が揺れる。僕はロウソクの火が消えてしまわないように気を付けながら、先輩へと差し出す。屋上を吹き抜ける風が火を大きくたなびかせる。


「あ」


 先輩の瞳で炎が揺れた。それは小さなオレンジからあっという間に姿を変える。すべてを舐め尽くす赤い悪魔の舌に変貌していく。あの日、すべてを焼き尽くした真っ赤な炎が彼女を包んでいく。


「わた、わたし……わたしは……」


 先輩が頭を抱える。立っている力をなくしたようにその場にしゃがみ込む。焦点の合わぬ目で過去を見ている。


 僕は先輩に寄り添い、彼女が壊れてしまわないようにと、いるはずもない神に祈っている。

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