月曜日Ⅳ
月曜日。僕は放課後の清掃活動をお休みして、寄り道をして帰った。白を基調にピンク色のリボンが躍る紙箱を机の上に置き、先輩を待つ。
僕はずっと夢を見てきた。平和な夢を。嫌なことから目をそらし、楽しいだけの日々の夢を見ていた。
でも、それはただの夢だ。正しい現実じゃない。いつかは醒めなければいけない。苦しくたって、現実に帰ってこなくてはいけない。
インターホンがなる。七色先輩がいつもと変わらぬ微笑みを浮かべていた。招待への礼を丁寧に述べ、靴をきちんと揃えて白い靴下で室内へと入る。勧めた座布団にしゃなりと座り、スカートの裾を整える。
僕はここまで段取りをしたくせにまだ迷っていた。本当にいいのだろうか。目を瞑り自問を繰り返す。耳の奥にこびりついた先輩の願いを繰り返し聞く。
「……優しい人」先輩がぽつりと呟いた。そして僕の迷う背中を押すように言葉を続けた。「その紙箱はなんですか? まあ、ケーキ」
迷いに震える手で僕が紙箱を開くと先輩が顔をほころばせた。中には白いクリームの綺麗に塗られたホールケーキ。クリームの雪原の上で笑っている砂糖菓子のサンタクロースは僕が買ってきて乗せた。即席のクリスマスケーキだ。
「頂き物ですか? なんにしてもケーキを食べるのなら、紅茶でもいれましょう」
そう言って立とうとした先輩を止める。紅茶は必要ない。先輩は不思議そうにこちらを見ている。僕は紙箱からケーキを両手で持ち、慎重に取り出す。先輩の視線がケーキとともに移動する。
「あの、切り分けるのなら私がやりますよ」
両手を離す。ケーキは重力に引かれて落ちていく。先輩の目が大きく見開かれ、何か言葉を発する前にぐしゃりとつぶれる音がした。白いケーキは無残にも潰れ、サンタクロースが斜めに傾いだ。
「あ」
先輩の動きが止まる。深刻なエラーを起こした機械のように、目が細かに震えている。なにかを見ている。あの日を、見ている。
先輩の目から全身へと震えが広がる。顔から血の気が引き、まるで蝋人形のようになる。口から糸のように伸びた唾液がスカートへと落ちた時、先輩の震えがぴたりと止まり、焦点が定まる。ふいに満面の笑みを浮かべる。
「あの、私どうにも体調が悪いみたいで、今日はこれで失礼させてもらうわ」
それだけ言うと輝夜先輩はなにかから逃げるように立ち上がった。玄関を潜り、沈む夕日に照らされながら、振り返って笑う。そして、言った。
「それじゃあ、またね。後輩ちゃん」
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