過去との対面

 友人に珍しい苗字のやつがいた。僕はそいつと仲が良くて、よく家に遊びに行っていた。そいつの家はなにやら事情があるらしく、母親がいなくて、その代わりを姉が務めているのだった。


 そいつの姉は僕のひとつ上の先輩で、学校でも有名な美人な先輩だった。彼に紹介される前から僕は彼女のことを知っていた。密かに憧れてもいた。


 遊びに行くたびに挨拶を交わすうち、僕と先輩の距離は徐々に近づいていった。外で会っても立ち話をするくらいには仲良くなった。一方的に想っていた関係から、ほんの少しは前進したみたいで嬉しかった。


 あれはクリスマスイブのことだ。僕は友人から「どうせ彼女とかいないんだろ」とクリスマスパーティーに誘われた。憎まれ口を叩きながらも、そんな特別な日に先輩に会えることを喜んでいた。


 その日、地獄がこの世に生まれた。


 友人の部屋でゲームをしていたとき、音が聞こえた。なにか悪いことが起きたとわかる、音が。


 物が倒れる大きな音、悲鳴、頬を張る乾いた音。


 僕たちは互いに顔を見合ってから、恐る恐る部屋を出た。短い廊下を抜け、リビングへと行き着くと、そこでおぞましい光景が僕たちを迎えた。


 人がふたり重なりあっている。一方は組み伏され衣服がはだけ、一方は脂肪で膨らんだ身体をもぞもぞと動かしていた。先輩と父親だとわかったとき、さあっと血の気が引いた。視界が暗転し、倒れそうになった。


 床に落ちたクリスマスケーキを、画面のひび割れたスマートフォンが押し潰している。クリームが四方に散らばり、砂糖菓子のサンタクロースが砕けていた。


 あまりのことに僕たちは数分の間そこに立ち尽くしぼうっと見ていた。父親が腰を打ち付ける度に、先輩が悲鳴をあげ、涙を流した。


 先に動いたのは友人だった。パニックの中で先輩を助けようと涙を流しながら父親に向かっていった。だけど、僕たちはまだ非力だった。簡単に跳ね返されてしまう。あまりにも子供だった。


 力の差を埋めるためには武器をとるしかなかった。友人が包丁で父親に襲いかかる。が、逆に包丁を奪い取られ腹部を刺された。赤い液体と共に命が流れ出ていく。


 僕はやめるようにと諭した。言葉の限りを尽くして、声をからして叫んだ。でも、僕は部屋の隅から動こうとしなかった。友人のように死んでしまうのが怖かった。


 僕の言葉は言い訳だった。自分への言い訳。精一杯、止めようとしたのだと、彼女を救おうとしたのだという言い訳。


 地獄は一週間続いた。その間の記憶はあまりない。拘束され同じ場所にずっと座っていたようにも、自由に水を飲んだりトイレに行ったりしていたようにも思う。


 覚えているのはケーキに飾るはずだったロウソクに火を灯したこと。それが床へ落ち、カーペットに移り、炎が広がっていったこと。ふたつの身体が横たわっていたこと。先輩を連れて外へ出たこと。


 除夜の鐘が夜空に響いていた。ひどく寒い、凍えるような夜。

 僕は悪くない、僕が救い出したのだと、彼女に言い聞かせたこと。

 僕の罪から目を逸らし、僕を許すようにと願ったこと。


 それが彼女を殺すこととは思いもしないで――。


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