日曜日Ⅰ

 なにかを炒める香ばしい匂いで目が覚めた。カーテン越しに朝日がうっすらと部屋を照らしている。いつもの殺風景な僕の部屋だ。


 今日は日曜日だから、僕は惰眠を貪ろうと思っていたのだが、やはりそうもいかないらしい。


「こうちゃん、起きた?」


 ピンク色でハート柄のエプロンを身につけた七色ななしき先輩がキッチンで僕を振り返った。手にはフライパンを持ち、香ばしい匂いはそこが発生源らしかった。


「もう朝ごはんできるからね、こうちゃん」


 柄以上にハートマークを飛ばしながら、先輩が目玉焼きとウィンナーを皿に盛っていく。テーブルの上にはサラダが置いてあり、グラスになみなみと牛乳がついである。チーンと甲高い音がしてトーストが焼き上がり、甘い匂いがふわりと香る。


 絵に描いたような朝食がそこにはあった。ほかほかと湯気をあげるそれらを並べ終え、七色先輩が満面の笑みを浮かべてこちらへとやってくる。まだ布団の魔力にとらわれている僕の頭へと手を伸ばすと優しく撫でる。


「ふふ、こうちゃんったら、寝癖すごいわよ。かわいい」


 こうちゃんとは僕の名前ではない。後輩ちゃんと呼ぶのはどうにもよそよそしいからと、先輩が僕につけた愛称だ。


「ほら、朝ごはん食べよ」


 先輩はうちの合鍵を持っている。僕が渡したのだ。早朝のチャイム連打には勝てなかった。先輩は隣の部屋に住んでいて、間取りなどはまったく一緒なのですぐにうちに順応して、いまでは朝食から昼食夕食、掃除洗濯まで一通りやってくれている。頼りっぱなしになるのは悪いとは思いつつも、先輩の厚意に甘えてしまっているのが現状だ。


「こうちゃん、今日はお外にはいかないでしょ?」


 昔からインドア派である僕は、ここ数年まともに外出していない。平日は学校に行くけれど、それ以外は家にこもりきりである。僕の言葉はあまり外で通じないので、どうしても外出は億劫になる。


「そっか、じゃあ今日も一日一緒だね」


 嬉しそうに先輩が笑ったところで僕はひとつだけ予定があったことを思い出した。それは先輩も知っているだろうに。


「今日もあの人のところに行くの?」


 ぷーと頬を膨らませる先輩。浮気してるんじゃないでしょうね、と目に疑念の渦を出現させているが、あの人とはそんな関係じゃないし、そもそも先輩とお付き合いもしていない。


「私はいい。ここで待ってる」


 どうせ断られるだろうとわかりつつ、一緒に行かないかと誘ってみたが案の定だった。取り付く島もない。


「そんなことより、こうちゃん。いつも言ってるけど、私のことは先輩じゃなくて名前で呼んで欲しいんだけどな」


 先輩は僕をじっと期待のこもった目で見つめる。彼女――七色陽菜ひな先輩から発せられる愛情ビームに手元が狂い、箸の先で目玉焼きの黄身がぷつりと破れた。

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