金曜日Ⅰ

 金曜日の放課後はいつにもまして騒がしい。みな、翌日からの休日に浮き足立って、テンションが高くなっているようだった。吹奏楽部の演奏もファンファーレのように華々しく、運動部たちの声も弾んでいた。


 僕は放課後の清掃活動を早々に切り上げる。遊びに行きたいから早く帰るわけではない。金曜日だけは遅くまで残るわけにはいかない。七色ななしき先輩を待たせてしまうからだ。


「遅い」


 七色先輩は校門のところで門柱に背を預けて立っていた。腕を組んで、苛立たしげにつま先でリズムよく地面を叩いている。怒気を孕んだ目は鋭く僕を見ている。急いで来たのだけれど待たせてしまったらしい。


「私を待たせるなんて信じられない」


 行くわよ、と憤懣ふんまんやるかたない様子で先輩が歩き出す。僕はその背中を追う。毎週金曜日はこうして先輩が校門のあたりで僕を待っているのが恒例となっているが、別に約束をしているわけではない。


「まったくあんたのせいで帰るの遅くなったじゃない。もっとはやく来なさいよね」


 先輩がひとりで帰らないのには訳がある。僕と一緒に帰りたいというロマンチックなものではない。


 すれ違う白衣の先生たちに頭を下げ挨拶をしながら五分ほど歩くと僕らの住む寮にたどり着く。管理人室でテレビを見ていた管理人のおじさんが僕らに気づく。人の良い笑顔を浮かべて「おかえり」と声をかけてくれる。


 先輩はそちらを見ないようにしながら、足早に歩き去る。僕は先輩の分も頭を下げて、後を追った。階段をあがった先、踊り場で先輩が立ち竦んでいる。その顔は青白く、怯えていた。


 先輩は管理人のおじさんが苦手だ。いや、正確に言うならば、四十絡みの男に恐怖心を抱いている。その原因は明白で、だからこそ僕は金曜日だけは先輩と帰るのだ。


「大丈夫、なんでもない」


 先輩は額に脂汗を浮かべながら強がって見せる。僕はハンカチを取り出し、それを拭う。蒼白な顔がこちらを向く。沈黙のままに数秒視線を交わすと、先輩がふっと笑った。


「いつも悪いわね」


 素直な先輩は気持ちわるい。


「気持ちわるいってなによ!」


 一気に顔を赤くして先輩が怒った。ぶつけるように「バカ!」と言うと、怒りをすべて足裏から放出するように力強く階段を登っていく。一歩ごとに黒い髪が大きくうねり、まるで夜の海のようだった。


「あんた、来週はこなくていいから」


 僕が鍵を差し込んだとき、隣の扉を開いた先輩から、声が銃弾のように飛んできた。先週もそう言っていたけれど、と僕は思いながら、彼女――七色はな先輩に頷いて見せるのだった。

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