木曜日Ⅰ


 朝の挨拶運動を終えて教室へと向かう途中、窓から見下ろすと自販機横に設置されたベンチにひとりの女子生徒が座っているのが見えた。七色ななしき先輩だ。


 もうすぐ朝のホームルームが始まる時間だというのになにをしているのか。

 僕は窓越しに腕を振ってみるが、先輩は気づかない。気持ちよさげに日向ひなたぼっこをしているばかりだ。


 しょうがないので降りてきてみると、先輩が僕に気づき嬉しそうに手を振ってきた。


「あー、後輩ちゃんだぁ」


 語尾が間延びする癖のある喋り方をする七色先輩はぽかぽかと陽気に当たり表情筋が溶けきっていた。締まりのない笑顔でにへらーと笑う。


「教室に行こうとしてたんだけど、道に迷っちゃって。誰かに訊こうとしてもみんな忙しそうだし……ちょっと休憩しようと座ったら、ぽかぽか気持ちよくて、眠っちゃいそうに……ぐー」


 事情を訊いていると先輩の頭ががくんと揺れて、一瞬で夢の世界へと旅立った。僕は身体を揺すって起こす。そんな年老いたカメみたいな行動をされても困る。


「えへへ、いつもごめんねぇ」


 どっちが先輩だかわかんないねぇ、と恥ずかしげに頭をさすりながら言う。


「私ももっとしっかりしたいんだけど、うまくいかないんだぁ」


 しっかりする必要などないと思う。のんびりとしたところが先輩のよいところだし。それに、しっかりしてしまったら個性がなくなってしまう。


「えー、ひどいよぉ。私だっていつもこうってわけじゃないでしょ」


 頬をぷっくりと膨らませて抗議する先輩はとても幼く見える。二つ結びの髪型も幼さを強調しているのかも知れない。


「でもね、後輩ちゃんも悪いんだよ」


 でもね、がどこから繋がっているのかわからない。どうして僕に矛先が向いたのか、僕は首をひねった。


「だってね、後輩ちゃんいつも私のこと助けてくれるんだもん。どんなときも後輩ちゃんが来てくれるから、それに頼っちゃうの」


 いつも助けるだなんて、そんなことはないと思う。今日はたまたま見つけたからきたけど……。


「ううん、そうだよ。後輩ちゃんはね、白馬の王子様みたいなの」


 それはまた随分と評価されたものだ。おとぎ話の中でしか聞かないフレーズで褒められて僕はむず痒い恥ずかしさに襲われた。


「も、もう行かなきゃだよね!」


 自分で言っといて恥ずかしくなったのか、先輩が顔を赤くして立ち上がる。ちょうどそのタイミングで予鈴の鐘がなった。


「ほらほら、急がないと」


 パタパタと走り出した先輩の腕を咄嗟に掴む。驚いて振り向いた先輩に逆側を指差す。教室はあっちだ。


「えへ」


 すると彼女――七色木葉このは先輩は「またやっちゃたぁ」と赤い舌をちろりと出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る