水曜日Ⅰ
昼休みの図書室は静かだ。扉一枚向こうの廊下から響いてくる笑い声が遠くとおく聞こえる。こんな時、僕は水の中に
とはいえ、完全なる無音なわけではない。貸出カウンターの内側、僕の隣には
「別にこなくてもよかったのに」
ぽつりと七色先輩がこぼす。視線がページ上から僕のほうへとスライドする。
たしかに水曜日の昼休み、図書室が開放されていることを知っている生徒はほとんどおらず、必然訪ねてくる者もいない。
かといって、自分から率先して引き受けた仕事を彼女ひとりに任せて放棄するわけにはいかない。
「そう」
七色先輩の表情は滅多に変わらない。均整の取れた顔立ちは完璧に仕上げた人形のようで、どこか嘘っぽい。
「君も本、読めばいいのに」
起伏がなく平坦な声。仮面めいた表情と合わせて生きている感じがしない。合成音声を流しているような、冷たい印象を受けてしまう。
「本はいいよ。裏切らない」
本当にそう思っているのかと疑いたくなるような声色だったが、その裏側に隠れた先輩の感情を読み取るくらいには僕も慣れた。
「君は文字、苦手?」
文字は読むのも書くのも慣れているから大丈夫だけど、内容がダメだ。大抵の物語では、一度は主人公が
「……優しい」
その言葉を僕は慌てて否定する。優しいわけではなくて、逃げているだけなのだ。見たくないものを見ないようにしているだけ。決して褒められるようなことではない。
「そんなことないと思うけど」
僕は先輩の信頼のこもった視線から逃げるように、先輩に読書を続けるように勧める。
「大丈夫。会話しながらでも、読める」
そんなことはない。さっきから僕のほうばかりを見て、まったく読んでいない。その証拠にページがひとつも進んでいない。
「……いいの。私、ここには君に会いにきてるから」
顔色ひとつ変えずに七色先輩は言う。あまりに素っ気なく放たれた言葉に僕が反応を返せずにいると、昼休みの終了を告げるチャイムがなった。
七色先輩は音もなく立ち上がると、足音をさせずに歩き出す。図書室の扉を先輩が開くと、水の膜の向こうから聞こえていた音が急に鮮明になって流れ込んできた。
「君さえよければ」
先輩が振り向く。いつも変わらない表情がほんの少し、笑っているように見える。
「来週もまた、ここで」
それだけ言うと先輩は扉の向こうへと消えた。丁寧に閉じられた扉に世界が分断され、僕はまたひとりになった。
窓の外、降り出した雨が窓にかかり、幾筋にも別れて流れていく。僕はその様子を見ながら、彼女――七色
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