火曜日Ⅰ

 こんな学校でも放課後はすこし賑やかになる。

 数は多くないけれど部活動も存在していて、運動部が小ぢんまりとしたグラウンドで掛け声をあげている姿も見られる。吹奏楽部は練習場所を求めて楽器を手にうろうろし、そこここで思い思いの音を吹いている。


「お、後輩。なにしてるんだ?」


 振り返れば七色ななしき先輩が首にかけたスポーツタオルで汗を拭いていた。ひとつに結んだポニーテール。あらわになったうなじが眩しい。

 僕は掃除をしていることをアピールするために、レレレのおじさんよろしく竹箒たけぼうきを動かしてみた。


「清掃活動か。後輩、偉いな」


 七色先輩の手がすっと伸びて僕の頭を撫でる。誰かに頭を撫でられたのはいつ以来だろうか。七色先輩の細い指が髪の隙間を縫い頭皮に触れてくすぐったい。気恥ずかしくてむず痒い。


「そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか。ちょっとしたスキンシップだ」


 撫でるのが嫌ならこっちにするか? と先輩が両腕を広げてハグの姿勢をとった。さすがにそれは度を越している気がする。僕がためらっていると先輩がなにかに気づく。


「わるい、私汗かいてるからいまのはやっぱりなしで頼む」


 七色先輩はいつも放課後に校舎の周りをぐるぐると走っている。まるでなにかに追われるように。どうしてなのだろう。


「動いていないと死んじゃうんだよ、私」


 まるでまぐろみたいなことを言い出した。そんなに運動が好きならなにか部活に入ればいいのに。グラウンドで白球を追いかけるもよし、コンマ一秒を争う陸上競技に打ち込むもよし。先輩ならどんな競技だって活躍できるだろうと思う。


「部活も興味あるけど、ほら、あんまり出られないからさ。いざ入部しても迷惑かけちゃうし。試合とかは休日だろうから出れないし」


 七色先輩が前髪をくりくりといじりながら言う。僕はしまったと思った。この話題は選択ミスだ。どうして僕はこう気が利かないのだろう。


「そんな顔するなって。ひとりでこうやって走ってるのも好きだし」


 ひとりは自由だからな、と続ける。そして僕の目をまっすぐに見たままにきっぱりとした口調で言う。


「自由だから後輩を見つけてこうして話すことができる。私はこの時間が好きなんだよ」


 屈託のない笑顔を浮かべる七色先輩。赤く染まっているのは夕日のせいだろうか。先輩が照れくさそうに視線をふいと逸らした。


「ようし、もう一周走ってくるか」


 七色先輩はアキレス腱をぐいぐいと伸ばすと、それじゃと言って風のように去っていった。あっという間に背中が小さくなって、校舎の角を曲がって見えなくなった。


 彼女――七色ほむら先輩のポニーテールの残像だけが、夕焼けの砂浜に寄せる波のように、いつまでも残っていた。

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