七色先輩と一週間

芝犬尾々

月曜日Ⅰ

 休日明けの月曜日は誰にとっても憂鬱ゆううつだ。

 登校してくる生徒たちの顔にも心なしか覇気はきがないように思える。

 でも、この人にとっては違うのかも知れない。


「おはようございます、後輩さん」


 ほがらかな声。いつもと変わらぬ微笑み。

 七色ななしき先輩は月曜日の朝から聖母のごときたおやかさで立っていた。

 朝日を受ける黒髪がつややかに肩から流れ落ちている。耳元の一部だけ小さく三つ編みにしているのがまた清楚な雰囲気を醸し出している。

 七色先輩はいまや絶滅さえ危ぶまれている「大和撫子」の生き残りである。


「私は月曜日好きですよ」


 あまりにもいつも変わらないので思い切って聞いてみると、七色先輩は目を細めてそう答えた。どうしてか、さらに追求して聞いてみる。すると、先輩が慈母じぼのような優しい微笑みに少しばかり恥じらいを含ませた。シャープながら女性らしい柔らかさを残した頬に赤みが差す。


「月曜日には、学校であなたに会えますから」


 ふふ、と口元を隠して笑う七色先輩は今日も綺麗だ。恥ずかしげに伏せた睫毛が頬に長い影を作っている。


「そんなことより、後輩さん。いつも朝の挨拶運動お疲れ様です。よかったら、今日は私もお手伝いさせてください」


 そう言うと七色先輩は僕の横に立ち、登校してくる生徒たちへひとりひとり挨拶をかけ始めた。楚々とした仕草で手など振ってみせる。だが、反応はあまりよろしくない。


 挨拶を返してくるのは初等部の小さな子供達ばかりで、クラスメイトや噂を通じて「事情」を知っている者はみな七色先輩の姿を認めると足早に歩き去ってしまう。

 七色先輩はその様子を見て目を丸くして、少し悲しげな色を浮かべる。


「ごめんなさい、後輩さん。私、うまくお手伝いできないみたいです」


 しょんぼりと肩を落とす彼女をどうにかして慰める。そう、月曜日はみな憂鬱になるのだから、挨拶を返す人は珍しいのだ。苦し紛れだったが、七色先輩は小さく頷いて納得してくれたようだった。


「そう思うことにします。悲しくなってしまうから」


 そう言ってまた、ふふ、と微笑んだ。どうしたのだろう。


「いえ、やっぱり後輩さんは優しいなと思って。私、あなたのそういうところ、とても好ましく思っています」


 七色先輩は少し気持ちを言いすぎて恥ずかしくなったのか、頬を両手で包むと早口になって言った。


「私、後輩さんのお邪魔になってしまうみたいなのでもう行きますね。残りのお時間も頑張ってくださいね。ではまた」


 ぺこりと頭を下げると、七色先輩は手を振って行ってしまった。

 昇降口へと続く人波の中、ぽっかりと彼女を中心に空洞が空いている。


 月曜日の気だるい朝の空気の中。

 僕は彼女――七色輝夜かぐや先輩の後姿を見えなくなるまで見送った。


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