女奴隷を集めた商人のお話
商売の鉄則その一・もらえるものはもらえ
世は大戦争時代が一気に終わりへ向かって転げ出したくらいの頃。あっちでオラオラこっちでオラオラしていた連中がだんだんまとまり始めた。
出来上がった有力な大国はざっと十個。
例えば一つは大陸中心部から北部の勢力を他に類を見ない速度で吸収し成長する新興国家イーデガルド国。この国は王様がバカみたいに強いバカなので今のところ一番天下統一に近いのではないかと噂されていたりする。
お次はと行きたいところですが、どうせ残りは全部滅びるのでもう一つくらいにしておきましょう。
では、どこを紹介すべきか。
西の工業国家群シヴィライア?東の大山脈に根付いた人獣共存コミュニティ『山嶺』?
いえいえ、今回は南へ目を向けましょう。
彼の伝説の始まりは紛れもなくここで、彼の伝説の終わりもまたこの国なのですから。
彼が刻むのは、そのものつまり勝利の伝説。
たった一人にたった一勝したというだけの伝説。
そう、やがてこの大陸の全てがひれ伏すことになる覇王、デルニシテ・イーデガルドに唯一勝利したものとして歴史に名を残す男の名前は。
「名乗るなら、コルナタ・エイゼルと申します」
後に残る名は『賢王』コルナタ。
彼は、南の港国の商人である。
南の港国。
その名の通り大陸最南端の超どでかい港街がそのまんま国。
そのまんま過ぎて笑えてくるくらい大きな街はそりゃもう大きくて堅い壁に守られているし港湾地区は海上に鎖を張って封鎖することもできる。
もちろん守備には人間や兵器もたくさん加わる。
大陸中から集まる傭兵や傭兵団を常に山ほど雇っているし防衛兵器も西方産の最新式がずらりと並ぶ。
そう、金持ちなのだ。南の港国は。
理由は簡単。港だから。
地理的に山だらけの東方国家が交易をやるなら海路しかなくて、間に砂漠を挟む西も同じように海路の方が楽。中央と北方は陸路で我慢。中央地方は内地だし北方はちと海が荒い。まあ中央は荒れ地が多い割に土がいいので食べ物と人間にはそんなに困らない。北?元は遊牧民族だったサヴィラ連合がわざわざ団結して中央地方へ戦争吹っ掛けた理由なんて一つでしょうに。
え?はい、交易はあります。
何年やってるかわからない大戦争時代でもそりゃ交易くらいはありました。
そう。大陸全ての国を繋ぐどでかい港、それが南の港国。
どでかいとは言え街一つで国を名乗っているのは伊達じゃない。
難攻不落と言うか誰も手出しができない。あんまりにも経済的に強すぎるから。
ここは世界の全てが商われる場所。
コルナタが修行をする店もこの街の一角にありました。
内地に面した大壁に沿った、でも正門から遠く離れた暗くていかがわしい地区。
大壁防衛に詰めている傭兵や血腥い流浪人の集まる外国人街。
立ち並ぶのはお決まりの安宿、昼からにぎやかな娼館、静かな下宿にやたら豊富な飲食店。
雑多で小汚くて路地を一本入れば表で扱われない商品も流れる港町の闇市場。
そう。ここは人間の命を商う場所。
コルナタがいるのはその内の一つ。
奴隷商店でした。
「店長。掃除が終わりました」
「ん。おつー」
故郷から街へ出て店長こと奴隷商売の師匠と共にこの港国へ来て早十年。
聡明さで知られた男児は高い背丈と西方渡りのものを見やすくする細工、眼鏡をかけた知的で凛々しい青年に育った。
一方で店長と呼ばれたのは若い女。使い古された前掛けをしてお気に入りの安楽椅子で揺れている。
いかがわしい商売人にはとても見えない、若夫婦といった方がよほど話の通じそうな師弟はその日も一仕事終えて休憩の時間です。
「コルナタ、お茶淹れてー」
「はい。東から師匠の好きな茶葉が届いてますよ」
「まだ営業時間中だよ、店長って呼ぶ」
「はい店長。お茶請けには昨日ご近所さんからいただいた干し葡萄を用意しました」
「ん。渋いお茶の後の甘いもの…うめー」
「今日の晩ごはんは何にしましょう?」
「肉!肉がいい!」
「わかりました。後で狩人市を覗いてみますね」
「わーい」
休憩しているのは一人ですが弟子は嫌な顔一つせず、むしろ嬉し気にかいがいしく師匠の世話を焼きます。
彼の仕事には大事な気質です。何せ奴隷も生き物ですからね、奴隷商人にはその管理が求められる。
その点彼は見目も良く清潔で真面目でよく気が付く。
いい男です。
順調に行けばやがてこの店を継ぐか、あるいは独り立ちか。とにかく立派な奴隷商人が一人増える予定。年季明けはもう少し先ですが明るい未来が見えてきたところ。
そのはずだったんですが、彼の運命は茶飲み話のノリで発せられた師の一言で激変することになります。
「あ、そうそうコルナタ。この店今日で閉めるから」
「…えっ」
一仕事終えて自分も一つ、と摘まんだ干し葡萄が青年の手から零れる。
「きょ、今日ですか?それは、どうして…」
「あーいや別にお金がないとかではないよ。私の事情。…私さぁ、見た目が全然変わらないじゃん?」
「ええ、昔からずっとお綺麗です」
「実は不老不死なんだよね」
「…なるほど。魔女の長命長若さえもを超える方だったとは。さすが師匠」
「私の言うことなんでも肯定するその癖はついぞ治らなかったねー…まあ、そういうわけだからさ。同じところにずっと同じ顔した奴がいるとほら、怪しまれるじゃん。だからまた引っ越すかなーって」
「そうでしたか…では、お供します」
「ダメ。お前はここで卒業。…前の店長に拾ってもらって、お前の祖父さんに贔屓にしてもらって、お前を弟子にとって。この仕事に縁があるのかなーってなんとなく続けてきたけどこの辺が引き時だね。だから、おしまいにする」
「…………師匠」
寂しげな声だった。背丈は小さく見え、年相応の少年の顔をする弟子に師はからからと笑って見せる。
「死に別れるわけじゃあるまいし、そんな顔すんなよ。ちょっと早いけどお前は晴れて一人前の商人なんだからさ、喜びな?」
茶をすすり、干し葡萄をつまむ。
弟子も倣った。師の仕草から「話を続けるのに一息置こう」という雰囲気を読み取ったから。
十年。長い付き合いだった。
弟子入りから一年経つ頃には簡単な食事と掃除と洗濯をこなし、二年経つ頃には昼寝をする師匠の代わりに客をもてなし、初めて商談を任されたのは三年目。
あまりに駆け足過ぎる修行の日々はさすがの秀才も振り回された。まるで祖父が師事したという旅人の逸話にも似るような、厳しくて優しい師だった。
「…あ、そんでさ。前に何か言ってたよね?一人前になったら何をしたいかってさ」
「……そうですね。やりたいことがあります」
「それ、もう一度私に言っていけ。それが最後の試験」
女はそう言って頬杖をつき青年を、男を眺めた。
言葉を受けて彼は立ち上がる。
同じ寝床で何度も撫ぜた硬い黒髪。近所の女たちに人気のある知的な容貌は眼鏡を外せばもっと幼い顔だ。背だって、最初は半分くらいしかなかったのに。
「…僕は、奴隷商人になります。旅をする、奴隷商人に」
「…ふぅん?」
そんな未熟者の堂々とした宣言に耳を傾ける。
「奴隷商人は商売の都合上、この街のように大きな街にしかいられません。でも、奴隷を求める人も新たに生きる道を探す人も世界には多くいるはずです。僕は、そんな人たちのための奴隷商人になりたい」
「…なるほど?でも大変だよ、奴隷禁止の国もある、独特のルールで生きてる田舎もある。奴隷商人がどこでも歓迎されるとは限らない。今みたいに求められる場所にいるのも手じゃない?」
「それでも。それでも行きます。僕は商人、求められる場所に求められるものを収めて世界を回すものですから」
「…かっこいいこと言うじゃん」
「師匠が教えてくださったことです」
「そうだった。じゃ、準備しようか!あーその前に」
「?」
「二人の旅立ちに、乾杯!」
それは短く熱い伝説の序章。
それは長く揺らぎ続ける人生の始まり。
やがて相対する最強の男がまだ「武王」のあだ名を取る時代のこと。
掲げられたのは東方製の湯飲みで、中身は渋茶でしたが。
こうしてコルナタの商人生活が幕を開けたのです。
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