第4話 四人目は密入国者
「使ってる部屋数も少ないし掃除は自分たちでできる範囲で!お風呂で使う水も必要なだけ!ごはんは私が作るから二人とも手伝って!イドくん、浮いた分のお金でしばらく…いえ、かなり生活費が足りてるからちょっと返しておくわね。奴隷貯金はいくらくらい?…やっぱり稼いでるわね。さすがだわ。これからも頑張って。私は私のできることをしていくから。…夜の方もね」
三人目の女奴隷、ウルザ。彼女はイドだけでなく世間知らずな二人の先輩奴隷の世話もこなしながら財政健全化、食事事情改善、危険のない程度の情報収集と昼夜を問わずよく働き主人に尽くしました。
面白くないのは有能な新人に嫉妬した先輩奴隷の二人…ではなく、主人のイドです。
きゃっきゃとかしましく三人で楽しそうに家事をする女奴隷を見るたびに、その有能さにため息が出ます。
凌辱し心をへし折り、無理矢理子を作るという野蛮な欲望を満たすために買った奴隷が倹約しながらもクオリティ・オブ・ライフを向上させていく様子は計算違いも甚だしいものでした。
その上夜の方も間諜時代の技術に負け通しと来てはわからせることもできません。
ウルザに悪気はありませんがイドとしても無理矢理するから抵抗しろなどと馬鹿らしいことは言えないし…(多分上手く演技はしてくれるのがますます悔しい)。
そんなにっちもさっちもいかないもどかしい時でした、奴隷商人から連絡が来たのは。
「いや、お久しぶりです旦那。その節はどうも」
「あの女が今どうしているか聞きたいか。なんなら連れてきてもいいぞ」
「悪いとは思ってますから勘弁してくださいよ…」
連絡をよこしたのはアルテに脅されイドにアルテを買わせた哀れな奴隷商人でした。懐かしいですね。
アルテの一件から二度と関わらないと決めていたイドでしたが、しかし三度の来店を決めたのはやはり現状の打破のため。まるで渡りに船と言わんばかりのタイミングでの、販促でした。
曰く、この前の事故のお詫びに仕入れた上物を安く提供する、と。
上物。奴隷商人が扱うのは当然奴隷なので、上物の奴隷ですね。
この店で上物を買った結果どうなったか覚えていないんでしょうか。イドも凝りませんねぇ…。
「実はあの後、さすがに気になりましてね。何かお詫びができないかとちっとばかし調べさせていただきました。なんでもこの前、反抗的な奴隷を欲しがってたとか」
「ああ…大失敗だった」
「逃げられました?」
「反抗心のかけらもない。しかも有能だ」
「あっちゃあ…あのご令嬢と言い、旦那はなんだかそんなんばっかりですなぁ」
「……」
「お前のせいだと目が語ってらっしゃる…いやいや私だってね?」
「言い訳はいい、上物とやらを見せろ」
「ああ、はい。私としてもそっちへ移ってくださる方がいい。では、地下へ」
いつもの部屋へ通され、前はなかった椅子と飲み物を勧められるという申し訳程度の上客対応をされながら連れて来られた奴隷を吟味します。
何と言うか、はっきり言って貧相でちんちくりんでした。
よくてイドやアルテと同年代、はっきり少女と言って差し支えない年頃の娘が心細げにきょろきょろしたり、薄衣を恥じらい身体のラインを隠そうとしたり。
しかし顔立ちはまた一級品。そこらのたくましい村娘にはない儚げな美しさがあります。
なるほど、アングラな意味では上物でしょう。
イドは席を立とうとしました。
「待ってくださいよ!!」
「離せ!!今度は何を仕込まれた!!」
「本当に裏はないんですって!!」
イドにとっては故郷を焼かれた時の慟哭以来出したことのない大声でした。
アルテミシア事件の傷は深いのです。
「ぜぇぜぇ…まあ、とりあえず説明だけ聞いてくださいよ」
「…ふん」
商人の必死の懇願は一度は上げた腰をなんとか下ろさせることに成功しました。実のところ物理的にも精神的にも後にも先にも動くイドをその場へ留め置いた人間は彼とイドの父親以外にいません。他には魔女が一人だけです。
後に魔女を打倒する伝説の傭兵を一時でも抑え込む大偉業を成し遂げた伝説の奴隷商人は気を取り直し、商品の説明に移ります。
「身の上から説明していきましょう。この娘は隣国からの密入国者です」
「密入国…軍から流れてきたのか?」
迷惑の気配を察知し僅かに腰を浮かせます。
「いえいえ。何と言いますか、密入国者というのにもちと違いましてね。…世の中には色々事情ってやつがありますが、やむを得ず国を越えようって連中がそれなりにいます。しかし当然戦争中なんて見つかったらどっちからも狙われかねねぇ。そんな時に頼るのが密入国を手引きする業者ってわけです。ただ、まあ裏の商売ですからね。保証がない。この娘が騙されたのもその手合いでね」
「…業者を装った人攫いか」
「ご明察で。金をとった挙句身柄売って稼ぐ悪党だ。売りに来やがった最初はさすがに渋りましたが、話を聞くうち気が変わりましてね。旦那に一つご紹介しようと思いまして」
「もったいぶるな、アルテを連れて来るぞ」
「洒落になってないんですよ旦那。とりあえず聞いて驚いておくんなさい。なんとこの娘、人妻です」
「…何?」
人妻。ひとさまのワイフ。
それは男の夢の一つ。
それは歳若きイドをさえ突き動かす衝動の源泉。
人妻。それは。
まさしく、あらゆる人間の征服対象となる女…!!(たまに男)
「詳しく聞かせろ」
「待ってました。えー、名前はエリー。歳はおよそ見た目の通り。本人の話を聞くところによると、「旦那様を探しに来た」、と。旦那様ですって。お上品ですなぁ。実家が小金持ちだから他に主がいるわけでもない、おそらく戦争へ出た夫を探しに来たんでしょう。泣かせますなぁ。おまけに貴族ほどじゃないが品もあります。貞操の固さもね。ええ、調べさせたところこの娘、処女です。新婚、新妻、幼な妻ですよ旦那!こりゃあ多少人の道を外れても仕方ねぇ!むしろあの人攫いが手をつけなかったのが不思議なくらいで!さあ旦那!いかがですか!!」
「買った!!!!!!」
「毎度あり!!!!!!」
こうして傭兵イドは四人目の女奴隷、エリーを手に入れました。
ちなみに、里を焼かれた時の慟哭を上回る大音声だったそうです。
さあて届いた奴隷はいつもよりなんだか煽情的なお仕着せで、かわいいかわいいと騒ぐ先輩奴隷にもみくちゃにされていたエリーの手をひっつかんだかと思えばその小さく軽い身体をひょいと抱き上げ惜しむ奴隷たちから取り上げればずっかずっかと自室へ戻り、即座にベッドへシューッ!!
上に覆いかぶさると目を白黒させ怯えているんだか驚いているんだかとにかく混乱しながらももぞもぞ身をよじっている少女のなんとまあ魅力的に見えることか。
それもこれも全ては人妻という属性あってのもの。その上処女と来た。
これから行う全ての凌辱はこの娘にとって初の経験でありそれは女にとって地獄の責め苦にも等しい痛苦となるでしょうが夫にすら許していない部分まで残さず食い尽くせるという事実はイドの脳髄まで痺れるほどに甘美な誘惑でここまで溜まりに溜まった鬱憤さえもいとおしくなるというもの。
さあ、それではいざ宴の「ちゅ」
「……は?」
「え、えへへ…ごめんなさい。わたしからしちゃいました…はしたないですね、えへへ…でも、嬉しいです。あの、わたし、エリーと言います。あ、商人さんから聞いてたんでしたっけ。えと、あなたはイドさん、ですよね?わたしも商人さんから聞いちゃって…えへ…わあ…やっぱり、こうして近くで見ると本当にきれいな瞳…尖った歯も素敵で…わたし、一目見てわかりました。あなたがわたしの探していた旦那様だったんですね…嬉しい。あなたに出会えたことも嬉しいですし、選んでもらえたことも嬉しい…ごめんなさい、幸せすぎて涙が、っ大丈夫です、すぐ止まりますから…はい、ずっと、ずっと探してたんです。わたしの旦那様を。あの国では見つかりませんでした、だからこちらへ来て…売られちゃったときはどうなっちゃうんだろうって思ったけど、そこまでが運命だったんですよね。あなたと出会うために、わたしがんばって来ましたよ?だから…今日はたっくさん、ごほうび、くださいね…旦那様」
この件については、さすがのイドも奴隷商人に語りこそすれ責めるような真似は決してしませんでした。
仕方のないことです、何故なら彼女という存在は彼らには未だ知る余地のない概念でした。
世の中にはいるのです、生まれた時からやばいのが。
多くの戦場を駆け、強敵をつけ狙い撃破しては名を上げ、三人の優れた女奴隷を従え高級住宅街に居を構え、今や誰も恐れる大傭兵をも色を失った虹彩と開き切った瞳孔で迫り、威圧し、己の思うままを成就させる。そんな生き物が。
この大戦争時代においてさえ既に存在していた。
そう、今回の奴隷購入は単に、運がなかったのです。
「エリーさんはかわいいですねぇ…私ずっと姉が欲しくて、だからイリシアさんとウルザさんが来てくれた時はすっごく嬉しくって。でもこうして妹ができるとまた嬉しいものですねぇむぎゅー!」
「えへへへ!アルテさん、くるしいですよぉ!」
「ははは、ほほえましいなぁ」
「そうねぇ。…ところで、イドくんはどうしたのかしら。朝ごはんの時、なんだか思い詰めたような顔をしてたけれど」
「そうだったか?どうもまだ顔色をうかがうのは苦手だな…よし、私が探してこよう。二人を頼む」
「ええ、よろしくね」
かしましい騒ぎから一人抜け出し、イリシアがイドを見つけたのは中庭でした。
世話人をなくし植物が好き勝手に繁茂している中で一つ、剣を振る姿がある。
斬り払ったと言うより、最初からそこにだけ蔓が寄らなかったとすら思えるような円を描く軌跡が、少しずつそれを広くしていく。
かつてイリシアが戦場で相対した時の暴力的な戦鎚の舞踏とは全く違う繊細で優美な剣技。
否、思えばあの一騎討ちの時も力任せではない技巧をいくつも隠し持っていた。
決して傭兵の戦場剣術ではない、型の存在する高等な武技にイリシアはしばし見惚れ。
気付かれた。
「…なんだ」
「え?ああいや、その、綺麗だな、と」
「ふん」
忘れていたように吹き出す汗を肌着で吹きつつ、イドは「来い」と言った。
「えっ…ええ!?こんなところでか?さすがに私も恥ずかしいぞ…?」
イドは最近、女奴隷を日中に抱くことを覚えた。それも、屋敷のあちらこちらで普段通りに過ごしているところへ声をかけその場で行う。拒否権はない。奴隷なので。
奴隷側としては主人に求められるのは嬉しいけれどやはり恥じらいや後始末が、と気後れ気味。しかしイドとしてはそうやって普段は無敵の奴隷たちにマウントを取るのが目的なので割と満足している。が、
「何を勘違いしてる。剣を取ってこい、相手をしろ」
今回は違ったようです。イリシアは顔を真っ赤にして走り去り、すぐさま鍛錬用の剣をひっつかんで戻ってきました。
イドとイリシアが持っているのは元々屋敷にあったもので、まあよくある装飾です。斬れません。鉄の塊です。
普段はイリシアがアルテとウルザに請われ護身の足しにと教え振るうのみですが、イドが剣を持っているのすら初めて見たイリシアは少しばかり驚いていました。
だからというわけではありませんが勝率は芳しくなく、何度も剣を交えるごとにどんどん攻略され、ついには剣先で背をなぞられたりと遊ばれるように。
いくら楽しくてもいい加減そのおかしさに気付きますよね。
「き、きみ!たばかったな!剣の方が、はあ…強いじゃないか…!」
「知らんな」
「うひゃっ」
ひとしきり遊んだイドは珍しく満足げで、息を荒げているイリシアを見下ろして勝ち誇りました。
「いつでも再戦を受け付けるぞ」
「むうう…一つ、聞きたいことがある」
「なんだ」
「この前、きみの身の上話をした後のことだ。アルテが『実は、私も少しだけ尖り歯の一族について知ってるんです』、と。曰く、尖り歯の一族はろくに防具もつけず戦場を駆け、一人で複数の武器を扱った。きみは鎧をつけいつも戦鎚だけ振り回している。何故だ?」
「…単に、知らないだけだ。覚えてないと言うべきか」
「え?あ…」
「俺が戦に出る前に一族は滅びた。戦ぶりを見ることもなくな。正しく言えば、生まれてすぐ見ているが覚えていない。尖り歯では子供に仕事を見せることで何に向いているかを見極める風習があった。まあ、大抵は自分の好きなことを選ぶ」
「きみは、戦を見たのか」
「ああ。武具の手入れと、外へ行きものや仕事を仕入れて来る商売と、父の戦を見たらしい。俺は戦に興味を持ったと言われたな」
「…本当は、何がしたかった?」
「…わからん。まあ、長の息子だ。戦へ出ることを選んだだろう」
「そうか…よかった。それなら一族が滅びずとも私はきみに会えたはずだからな」
「同じ陣営でお前と、か…まあ、悪くないかもしれん」
「!?」
控え目に言ってもイドはデレない男です。ツンデレと言うかツングレです。
そんな男が見せたデレと年相応の笑顔は、一瞬にしてイリシアの理性を消し飛ばしました。そこからは鬼ごっこの始まりです。途中で合流した女奴隷が連合し一人逃げるイドを追う逆レ鬼ごっこになりましたが。
二番目の女奴隷、イリシア。
彼女は騎士こそ嫌いでいつだって女らしい柔らかな身体を目指し日々弱体化していますが、剣技と戦いは好きでした。もしイドに命じられれば従僕として鎧を纏い、何の躊躇なく祖国に巨剣を向けたでしょう。
しかし、イドは求めません。
己の復讐は己だけのもの。誰にも今なお燃え続ける心象を共有する気はなく、女奴隷を抱き虚脱し落ちるように眠る以外の時見続ける悪夢を語ることはありません。
そんな彼が他人を鍛錬に誘ったのは果たして偶然なのか、あるいは虫の報せでもあったのか。
次の戦で彼は魔女と会い、窮地に追いやられます。
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