第2話 二人目は女騎士

「あ、おはようございます、ご主人様。ふふ、なんだか気恥ずかしいです。たくさんいただいちゃいました。…なんちゃって」


 前回までのあらすじ。主人公イドは念願の女奴隷、アルテを手に入れたぞ!


 アルテは元貴族の美少女奴隷!傭兵の獣欲を満たすにはこれ以上ない相手ですね!


 朝まで搾られた初夜からいくらか経った今日まで、幸せそうに頬を染めはにかむ女奴隷アルテの言葉を思い出しては鬱々とした気分だったイドでしたが、しかし戦場ではいつまでも憂鬱ではいられません。


 自分と奴隷の食い扶持、そして次の奴隷の購入資金を稼がねばならないのです。ちなみに例の奴隷商人の店には二度と行かないことにしました。


 とにかく全ては女奴隷に子供を産ませるため。イドは若干憂鬱な顔でいつものように戦鎚で敵の頭をかち割ったり骨を粉砕したりしました。


 今日の仕事は威力偵察に入った敵兵の撃退。今回のまとめ役である軍人は優秀で、猟犬として雇った傭兵を使って巧みに敵を追い詰めていきます。その分傭兵はこき使われるわけですが。


 こういう時はたくさん働いて、そのまま野営することもあります。


 食材と調味料はみんなで持ち寄り、とにかく鍋に叩き込んで煮込むのが傭兵メシ。なので料理が上手い奴がいると英雄扱いされる。


 傭兵煮込みの味で一喜一憂するこの時間だけが命のやり取りの狭間に生まれる平和な時間なのです。


 それに、同業が集まれば仕事の話も当然集まる。イドは慣れ合いが苦手なので食材を料理係に差し出し出来上がった取り分をもらうと誰にも面頬の下を見られない場所で素早く食事を済ませます。


「相変わらずだなぁイド。そんなに見られたくねぇか?」


「別に…習慣みたいなものだ」


 面頬をつけなおしたら同業の輪へ入って情報収集の時間です。


 年若くあまり大柄ではないイドですが、持ち前の剛力と戦場を駆け巡る足の速さは当時からそれなりに有名。多少変な恰好でも強ければ認めてもらえる業界なのでその辺りはイドも楽でした。


「はぁぁ、早く帰って女ぁ抱きてぇなぁ…どしたイド、そんな複雑そうな顔初めて見たぞ」


「…いや。まあ、なんでもない」


 この男はガーム。イドに初めて話しかけた勇気ある(あるいは無謀な)男で、田舎者のイドに色々なことを教えたチュートリアルガイドと言えましょう。本人自体はどこにでもいるろくでなしの傭兵で、後に一目惚れした女のために一大決心をするまではだらだら日銭を稼ぐこすっからい輩ですがイドの伝説においては非常に重要な立ち位置です。ただ、若さの割にのばしっぱなしのひげをかっこいいと思って放置して台無しにしている辺りはまあ、傭兵ですしね。イドは剃ってます。


「そうかぁ?酒飲むか?」


「飲まない。でもつまみは拾ったからやる」


「おっ、こりゃあ海魚のすり身か?内陸でこんなご馳走落としていくなんて随分慌ててやがったんだなぁ」


「殴った時に懐からこぼれた。血の匂いはしないと思うが」


「なんで食い気を奪うかな…」


「気にするのか?」


「しないけどよぉ…そう言えば、イド。おめぇ鼻も利いたよな?…女の匂いがしなかったか?」


「…女?」


 ここで初めてイドが野良犬にエサをやる顔から剣呑な獣の本性を露わにしました。


 この男、この傭兵イドはなんと優れた女を自分の子供を作るための胎としか見ていないのです。なんたる野蛮な思想でしょう。根絶されても文句は言えません。でも強い傭兵にはこういう奴たまにいます。自由なので。


「敵か、味方か」


「敵だなぁ。見た目で女とはわかんなかったんだが、しんがりにいた全身鎧の奴から女の声がしたような気がしたんだ」


「全身鎧か」


「でも、コナかけに行くなら気ぃつけろよ?つえぇぞ。しんがりだからな」


「俺より強いか?」


「んなこたぁない。足は遅いしな。だが馬鹿力だった、油断すんじゃねぇぞ」


「…ああ」


 そう、こういう男だからイドも気を許すのです。


 がさつで下品でいやしいのに情報だけはしっかり持って帰って友達にぽいとくれてやる気前の良さ。卑怯ですよね。友達として好きにならざるを得ない。





 翌日。


 情報通りにイドは標的と邂逅した。


 その日久しぶりに家で待っている苦手な女奴隷のことを忘れた。それほどまでに戦いに没頭したのです。


「『人食い鬼』はいずこか!!」


 日も高く昇ってさあ今日も殺し合いすっか、といった開戦前のゆるい空気を破る大音声が戦場である荒野に響き渡りました。


 傭兵も軍人もみな声の元を辿る。


 すぐ、戦場のど真ん中に鎧武者が堂々と立ち塞がっているのを見つけました。


 戦の場において相手の名を呼ぶ理由は一つ。


 一騎討ち以外にはありません。


 しかし一昔前ならまだしも傭兵を使うような小さな戦で一騎討ちをやったところで名を上げるには不足でしょう。


 ですが、相手が相手です。


 人食い鬼。そう、その頃のイドは捕虜を引き摺って持ち帰り軍へ売り払う恐ろしい習性がありました。


 その歴史は歩兵から始まり人の見分けがつくようになってきたら馬に乗っている奴を叩き落すようになり次第に高く売れる人間の目星をつけ、ついに先日敵国の貴族の馬鹿息子を捕らえ大儲けしたところです。親元を離れたくて軍人になったとのことでしたがしっかり親に身代金を払ってもらい泣きながら帰っていきました。


 とまあ、そんな悪名高き傭兵を討ち取れば少なくとも馬鹿息子の身代金くらいの額は固いはずです。一躍時の人にもなれるかもしれません。


 …と。傭兵たちはそう考えて「わかる!俺もたくさん金もらって人気者になりたいから!」と言わんばかりに囃し立てます。


 しかし今回の指揮官は冷静に「ああ、どうやらあの騎士自分一人の犠牲で味方を逃がそうとしているな」と察しました。もちろん仕事なのでそれを許す気はありません。


 故に。


 イドを一騎討ちへ応じさせました。






「…」


 好きなように、と雇い主に許可をもらったイドは鎧の騎士の前に立ちます。


 騎士の得物は鉈をそのまま大きくしたような、分厚い鉄塊の剣。


 それをまっすぐ地面へ突き立て立ちはだかる全身鎧の姿は拠点の街を囲う石壁すら想起させるほどの威容で、まず確実に並みの戦士とは格が違うのをイドに感じさせました。


 しかし、道を塞ぐのが鋼鉄の壁であるなら立ち向かうのは鬼に例えられる豪傑。


「…名は」


 気圧されることなく、一騎討ちの形式通り鎧の騎士に尋ねました。


「アレーシア。…覚えのある名前だろう」


「アレーシア…?」


「名乗れ、人鬼。お前に立ち合う気があるのなら」


「…イド。お前に覚えはないが、その身柄。貰い受ける」


 かくして、傭兵イドの伝説に残る一騎討ちが始まりました。


 双方が鎧を纏いながら巧みに互いの必殺の一撃を躱し、凌ぎ、鎬を削る攻防劇。


 戦鎚に鎬はありませんが。


 目まぐるしく移り変わる受け攻めを傭兵たちが囃し立て、さらに二人のやり取りに熱が籠っていく。


 振り下ろされる剛刃を足運びで躱したと思えば逆へ回り込む勢いを乗せ下から逆袈裟に鎚を振り上げる。それを胸を反らすことでやり過ごし片手で剣を引き戻す。


 今度は鎚が真上から落とされた。振り上げておきながら筋力で無理矢理真逆の方向へ打ち下ろしたのを一度は一文字に掲げた剣の側面で留め、そして受け流す。


 ずむ、と鎚の先が地面へ沈んだ。


「隙あり!!」


「思い出したぞ」


 上手は、傭兵の方だった。


 受け流した後素早く戻し突き出された剛刃の側面を、鎚の柄を離した腕当てが滑らせた。いや、違う。


 身体ごと、イドが滑り込んだ。


 前のめった騎士の胸当ての上からみぞおちに手甲で固めた拳が吸い込まれるように命中する。


 交差反撃クロスカウンター


 いっそ芸術と言っていい一撃は周囲から一切の音を奪い、一瞬の後にまた大きな歓声を生んだ。


 重厚な鎧は一瞬だけ宙に浮かされ、しかしすぐ地面へ全身をしたたかに打ちつけた。くぐもった小さな悲鳴と、肺腑から強制的に空気を吐き出す音。


「思い出した。その名前は」


「げほっ…ぐ。そうだ、お前に敗北し虜囚の辱めを受けた、兄の名だ!」


「そうだ。ああ、覚えている。忘れている方がどうかしていた。悪かった。ああ、お前の兄は」


 イドは起き上がろうとする騎士にゆっくりと近付き、手を差し伸べました。


 なんということでしょう。激戦を通じ、獣同然だった傭兵の心に他者を認め尊重する気持ちが芽生え


「今までで一番高く売れたからな」


 たわけではありませんでした。


 伸びてきた手に警戒を解きはしませんでした。しかし、傭兵の方が上手だったのです。


 突然固められ放たれた拳に騎士は兜の上から顔を打たれ、したたかに後頭部を打ち付け再び地面に倒れ伏しました。


 なんということでしょう。傭兵は所詮傭兵、人を殺して得た金で奴隷を買う畜生はやはり畜生なのですね。


 イドに悪意はありませんでした。高く売れて嬉しかったという思いを伝えたかっただけです。それと追撃に特に関係はありません。


 しかし傭兵が行ったダーティなプレイは観客を湧かせました。


 そう、まだ一騎討ちは終わっていないのです。ましてや、騎士との意外な因縁が判明した今、周囲は盛り上がるばかり。


「イド2.1倍ー!賭ける奴はいるかぁー!?」


 聞いたことのある声がいつの間にか賭けの胴元になっている始末。


 しかしとうの本人たちは全く意に介さず、雪辱の一騎討ちは続く。


「くぅ…!そうだ、その態度だ!兄は貴様に壊された!貴様が踏み躙った誇りを、ここで取り戻す!」


「知ったことか。壊れる方が悪い」


 もはや武器を取ることもなく、殴り合い絡め合う鎧組み打ちに。


 しかしこれも傭兵に軍配が上がった。


 単純に鎧で覆った面積、可動域の問題もある。が、そもそもイドは息を荒げるだけでまるで疲れた様子を見せないのです。


 そんな怪物に騎士は同じ程度の剛力だけを武器によく戦ったと言えましょう。


 三度。


 会話から三度の打倒をもって、騎士は起き上がれなくなりました。


 イドは息の荒いままに重い鎧に身を封じられた騎士の兜を剥ぎ取ります。


 出てきたのは、凛々しき女騎士の、血と汗と涙にまみれた美しい容貌。


「お前。名前は」


「…イリシア。イリシア・アステロス」


「家名は捨てろ。お前は、俺の奴隷だ。イリシア」





 こうしてイドは二人目の奴隷を手に入れました。


 その裏で決闘の熱狂に気を取られた偵察隊は全員捕縛され、勇敢な恩人を失ったことを己らの命より悔やんだと言います。


「さっすがイドだぜぇ!俺は勝つって信じてたからなぁ!」


「稼いだ分はまたどこかで返してもらうからな」


「えぇー!?そりゃないぜぇ!」


 と、帰りの馬車の中で友人や他の同業と騒ぎながらも。


 イドの内側にある熱はいまだくすぶり続けていました。




 新たな女奴隷を連れて帰った屋敷では、帰還の報を先んじて受けていたアルテが準備を済ませて主人の帰りを迎えた。


 血に汚れた奴隷を押しつけられるまま恭しく引き継ぎ、湯を満たした大風呂へ導く。反応の薄い新入りを慈しみ、汚れや臭いに厭うことなく、その彫像と見紛うばかりに鍛えられ一つの上質の武具の如き完成を見た肉体を清めていく。


 歩を進めるごとに強い筋に支えられた豊かな胸が揺れ、内側に筋肉を詰め込みながらたっぷりと蓄えられた柔らかな尻が震える。


 寝室に案内されたイリシアを待つのは、戦の臭いを残したまま肌を露わにした主人。


 これから女奴隷はその鍛え上げられた肢体を躾けられ、子を産むための胎として、また戦で熾きた火照りを冷ますための道具とされるのだ。


 着せられたばかりの薄衣はすぐに剥がされた。


 男の内に籠る熱のままに女奴隷は撫ぜられ、掴まれ、つねられ、いたぶられ。


 寝台へ転がった。


 男が。


「……?」


 すぐに顎を抑えられ、同時に両手首を重ねて頭の下に敷かされた。


 目が冴えている今のイドでさえ目で追えぬほどの鮮やかな早業にして、頭が上がらない限り手を出せない状況まで持っていく剛腕。


 戸惑った次の一瞬でのしかかられ、長い脚が絡みつく。


 全身が、ほんの瞬きの間に制圧されるという初めての経験にイドは疑問の声を漏らすこともできなかった。


 できるとすればただ、己を見下ろす女奴隷の凛々しくも鼻息荒く上気した表情を見て先日の悲劇を思い出すだけ。


「はぁぁぁぁぁ…ああ、すまない。私だけ落ち着いてしまったな。いや、落ち着いてなどいないのはわかるだろう?こんなに、んっ、なっているんだから…はぁ、予想以上だな…薬だよ、興奮剤と言って兵士の気休め程度だが…何故か私には昔から力を強くする作用が出るんだ。はぁぁ…その代わり興奮剤本来の作用も強く出るんだが、まあ、この場においては何の問題もないからな。持っていた分全部飲み込んだら、これだ…自制が効かない。でもこれは、薬のせいじゃない。貴様に、いや、あなたに惹かれてしまったがゆえの…っ。ああそうだ、兄のことなんてどうでも良かった!ただ、私は、私を、壊してくれる誰かを探していた。いつだってこの身体を打ちのめし、従え、女の無力を教え込んでくれる誰かを。…あなたでよかった。あなたのように真正面から私を砕いてくれる人がいてくれて、よかった。これからはこの筋張った身体も丸く、弱くなるのだろうな…楽しみだ。私を、女として、飼ってくれるあなたに。この身をもって奉仕いたします。どうかお情けを、ご主人様……」






 改めて。こうして傭兵イドは二人目の女奴隷を手に入れたのでした。

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