女奴隷を集めた傭兵のお話

@kurotowa004

第1話 一人目は貴族の令嬢

 世は大戦争時代。せっまい土地の中であっちでオラオラこっちでオラオラ。いくつもの氏族が勃興したりしなかった時代。


 そんな時代にも市民はたくましく生きていて、中には戦争景気でフィーバーしている人もいました。


 そう、傭兵です。


 どこに行ってもお仕事もらえて活躍できればちょっとくらい法的なお目こぼしももらえる素敵な職業。みんなのあこがれであり実際なった奴からばたばた死んでいきます。


 でも、中には多くの戦いを生き抜いて歴史に名を残した、言うなればマーシナリードリームを掴んだ人もいたわけで。


 今回はそんな中から一人、彼の物語を紹介しましょう。





 彼の名前はイド。苗字は誰も聞いたことがありません。傭兵はそんな奴ばっかです。大抵は家出て殺し殺されに身を投じる親不孝者ですしね。


 中でもイドは変わり者でした。


 いかな獣のそれか、真っ黒い毛皮のマントと狼の顎を象った木彫りの面頬。


 背は高くないけれど態度悪ければ目つきも悪い、ごつい鎧引っ掛けて戦鎚引っ提げて戦場を駆け巡る剛力の男。


 実は年若く、傭兵として活躍した期間もかなり短い。そんな彼が何をして名を残したかと言うと。


 女奴隷を集めてました。


 いや、他にもすごいことをやっていたのですが彼が一番熱心に行っていたのは女奴隷をゲットすることでした。


 戦場から帰れば生き残った(傭兵は「死に損なった」と言いがち。調子に乗ってるので)知り合いとの話もそこそこにねぐらにしている安宿へ帰って、もらった報酬、ぶんどった『戦利品』の売却金を数えます。おや、なかなかまとまった額になったみたいですね。


 そんな日はあらかじめ下調べをした例の場所へ赴きます。


 奴隷商人のお店へ。


「あ、いらっしゃい。てんちょー、例の旦那さん来たよ」


「お前はどうしてそう緊張感と言うか…一応闇の人間だぞ?それっぽくできんか?」


「あたしの仕事、奴隷のお世話だよ?エプロンしてるうちは無理だねー」


「はぁ…や、失礼。よくいらっしゃいました。お待ちしてましたよ旦那」


「…ああ」


 いかがわしい店が多い裏通りのさらに裏。街を囲う石壁沿いに秘密のお店は並びます。


 ちょっと癖のある下働きはとりあえず視界の外へ置いて、いかにもうさんくさい商人は挨拶もそこそこに店の中へ。


 店の中には一見何もありませんが闇の商売なんて大抵そんなもん。地下に続く隠し扉があります。


 ほんとはみんな地上で商売をしたいんですけどね。取り締まりもほとんど形だけではあるけど、まあ闇の商売としての体裁がね。


 通された部屋は片方からだけ透ける不思議な壁で仕切られた小部屋。後からついてきた下働きが壁の横の扉から向こう側へ。


「旦那、若いのに結構やるんですってね。話題になってますよ」


「…金さえあれば文句はない、そう聞いたんだがな」


「おっと、重ね重ね失礼。では…女奴隷が御所望でしたね?」


「あまり吹っ掛けてくれるなよ。…田舎者だからな」


「そこまで睨まなくたって値札を間違いやしませんよ、では、一人目を」


 壁の向こう。別のドアから下働きが奴隷を連れて来る。


 手錠をかけられたり…はしていないし鎖に繋がれて…もいない。


「いえーい!ご主人様見てるぅー?」


「変えろ」


「え?もう終わり?そんなぁー!」


 芸人さながらの勢いで現れた若い女奴隷はずるずる引きずられながら帰っていった。


「なんだ今のは」


「こっちも知りません。大方あいつが金持ちの色男が来るとでも吹聴したんでしょう」


 あちらからは見えず、商人が出す合図だけが通じるはずの部屋で吟味は続きます。


 奴隷と言っても商品、あまりみずぼらしいと店の沽券に関わる。


 商人は手入れを欠かしませんし奴隷側もなるべく良い主に巡り合えるようアピールをするわけですね。


 しかしなかなかお気に召した奴隷は見つかりません。最初の奴ほど灰汁の強い奴はいませんでしたが、まあ世の中良いものを探すのは大変なのです。


「ふぅむ。これもいけませんか」


「…おい、さっきからやけに年嵩が続くが最初くらい若いのはいないのか」


「え?ああ…気のせいでしょう。しかしそうですな…一人、一応おります」


「見せろ」


「ええ、では…」


 連れて来られたのは、それまで冷めた目で見ていたイドが思わず目を細めるような美少女でした。


 手入れの行き届いた髪、何やら気品ある佇まいに憂いげな表情。いかにもなワケあり少女です!これこそまさに理想的な女奴隷と言えましょう!


「渋ったのか?」


「めっそうもない。あれです、良い商品が際立つ順番だったでしょう?」


「ふん…身の上は」


「ええ、その…貴族の令嬢ですよ…自国のね」


「…?なぜこの国の貴族がここにいる」


「人攫いが買ってくれ、と。なんでも、誘拐したはいいが家に見捨てられたそうで。身代を取れない戦利品にゃ、価値はありませんからねぇ」


「…」


 イドが先程売っ払っていた戦利品、というのはそういうことです。傭兵の場合は人攫いとは違って捕虜がそれにあたります。


 金目の物をぶんどって小遣い稼ぐより、人間捕まえて身代金強請ったり奴隷商人に売り飛ばす方が稼げるのは当然ですよね。人間の命は金より重いって言いますしね。


 …誤解のないように言うと、一人で出て行って高くつきそうな人間引き摺って帰ってくるのはこいつくらいのものです。ついたあだ名は『人食い鬼』、捕虜を取るのは普通軍か傭兵団くらいのもの。しかし田舎者で世間知らずだったイドはなまじ強かったせいで効率のいい金稼ぎとして覚えてしまったわけですね。


 イドは薄衣だけを纏う女奴隷の肢体をじっくりと眺めます。


 貧相ではないけれど、ほっそりとした身体は育ちの良さを感じさせる肉付き。


 時折身をよじるのは壁の向こうから一方的に見られていることへの羞恥でしょうか。


「こいつを買う」


「よ、よろしいんで?」


「そちらが勧めてきたのにいいも悪いもあるか。いくらだ」


「そりゃごもっとも…では、これくらいで」


「…安いな。さっきまでの女より安いぞ」


「へ?ああそれは、箱入りで家事もできないし特技もないので。へへ」


「…そうか。俺にとってはいい買い物だ」


「そ、そうですか。では、清算を」


「ああ。これから言う場所へ届けてくれ。いつでもいい」


「ほう?…ほうほう、なるほど。わかりました。代金も確かに」





 数日後。仕着せを着せられた女奴隷が届いたのはねぐらの安宿…ではなく。


 都市の中心に近い、寂れた高級住宅街でした。


 大きな壁に囲われたこの街は今でこそ軍人と傭兵の溢れる最前線の街ですが、当然元々の統治者もいたわけで。


 開戦と同時に安全な都へ引っ込んでいった貴族や金持ちの残していった邸宅をイドは女奴隷を飼うために買い上げておいたのです。


 受け取りを済ませた彼はすぐさま女奴隷を寝室へ引き込みました。


 ベッドへ押し倒し、戸惑うばかりでろくに抵抗もできない女奴隷に構う事なく破るように脱がせていく。


 ああ、なんということでしょう。非道で野蛮、これが法を犯してでも奴隷を買う傭兵の行いです。


 これから行われる凌辱を、私はいかに語ればいいのでしょうか。


 が。


「…」


 がき、と。


 何か硬いものを嚙んだような音と共に男は停止しました。


 短く息を吐いた後、落ち着きを取り戻した彼は普段人前では決して外さない面頬を外しながら、


「…お前、名前は」


 と問いました。その間に自分も服を脱ぎ捨てていく。


 女奴隷もここで喋らなければと思ったのか、


「あ、アルテミシアといいます。アルテと呼んでください」


 と早口に定型句をまくしたてます。


「そうか」


 短く答えると、改めて男は覆いかぶさるように女を抑え込み、その目を覗き込むほどの距離まで迫る。


「お前の仕事は、俺の子を産むことだ」


 顔を下げると、意外なことに女奴隷の方から唇を押し付けました。


 主人は僅かに驚きながらもくちづけを深め、そして突然糸が切れたように姿勢を崩す。


「…?」


 何故か声を出すこともできず、やけに鋭くなった感覚でわかるのは女奴隷の唾液の味だけ。


 否。


 これは。僅かに溶け残った粉の感覚。


「…あ、気付きましたか?くちづけ、初めてなんです。下手でしたよね…え?違う?ふふ。ごめんなさい、冗談です。それは男性にだけ効く痺れ毒でして。ええ、貴族の娘が非道を働かれそうになった時に使うもの。その隙に逃げるための超即効性です」


 女奴隷はいつの間にか男の下から抜け出して、喋りながらも乱された服を脱ぎ、順に畳んでいた。奴隷らしく男の分も、丁寧に。


「あ、でも安心してください。逃げようと思ったわけじゃなくて、むしろ逆なんです」


 顔からシーツに突っ込んだ男は、感覚だけが鋭くなって、身体を震わせることしかできません。なすすべもなく服を脱ぎ終わった女奴隷に裏返されます。


「よい、しょ。もうちょっとだけ我慢してくださいね。…まずはごめんなさい。私、攫われたわけでも家に見捨てられたわけでもありません。私の意志で家を出たんです。家出少女です。だって、父も兄も私のことを政争の道具としか考えていないんですもの。この前も父と同い年の人との婚姻の話をしていて…酷い話ですよね。そんな家に育った私は決めました。家を出て、強い子を生んで、いずれ自分の氏族を持とう、って。そのために商人さんに協力してもらいました。いい人に私を買ってもらえるように。初めてあなたがお店に来た時、ふふ。強い種を求める私と同じ、優れた胎を求めるあなたにどきどきしました。一目惚れ、なんでしょうか?ちょっと恥ずかしいですね。…すぅ…いい匂い。私、匂いが好きだったんですね。それとも、あなたの匂いだからでしょうか?ふふ。…初めてが少し怖くてこんなことをしちゃいましたけど、うん。私、あなたならきっと大丈夫。…お待たせしました。強くてかわいい子供、たくさん作りましょうね…ご主人様」








 こうして傭兵イドは一人目の女奴隷を手に入れたのです。


 え?話が違う?違いませんよ?


 これは伝説の傭兵の物語。奴隷を凌辱するとも逆レされるとも言ってません。


 そう、まだまだ物語は続きます。


 これは、彼が無敵の魔女を打ち倒すまでの物語。

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