第28話



「ねぇ、レイ。恋ってしたことある?」

「ふぇっ?!」


 あまりに唐突なレンの言葉に素っ頓狂な声を上げてしまう。

 だがすぐに納得もした。


 前の親父の言葉が頭の片隅か、心の奥底に残っていたのだろう。物心着く頃から神父と共に住んでいれば、尊敬を覚えることは摺れども、恋に落ちることはまず無い。


 レイが最近、勉強を始めたこともレンがそう思う要因の一つ。


 神父は前の金曜日に「恋」のテーマで講座をしたのだ。


 生徒はレイとレンしかいないが。


「神父様が言ってたじゃない。恋は人を強くするんだぁって」

「それは……色々あってってことじゃないのかな?」

「まぁそれはそうなんだけど……」

「僕はないよ。今のところは」


 レイは一応答えておいた。

 嘘か本当かはともかくとして、レンに聞かれた事は極力応えたいと思うからだった。


「へぇ、意外だなー。レイはかっこいいから一つや二つありそうなのに」

「かっこいいから恋をするなんて無茶だよ。レンだって可愛いんだから二つや三つぐらいあるでしょ?」

「やだな〜。私がそんなに周りから好かれる人間に見える?」


 見える。

 少なくともレイは誰からでも好かれるような性格と物怖じしない性格が周りからは好かれているように見えていた。


「見える」

「ありゃ、言いきられちゃった」

「野菜とか果物とかが、サービスで多めに入ってるのはそのおかげでしょ?」

「む。そこから判断したのか。ちょっとショック〜」

「え、なんで?」

「別に知らなくていいから」


 少し不機嫌になってしまったレンに、訳が分からなくなる。

 神父からよく物事を見るように、そして何かに気付こうとすることを忘れるな、と言われているためか、そういった些細なことからこうして、関連付けて考えることができるようになってきた。


 ただし、やはりと言っていいのか。


 恋や、女の子の考えを理解することはとてもでは無いが無理だった。

 講座を聞いていてもどうして神父はそう考えることが出来るのか、さっぱり理解できなかった。


「ところでさ」

「ん?」

「僕もそろそろ身長が伸びなくなってきたし、お父さんが言うには運動もしなくちゃだから、今度、ついていってもいい……ですか?」

「あははっ、何それ。かしこまっちゃって。完璧に私、抜かれちゃったもんなぁ……。いいよ、じゃあ一緒に行こっか」


 つい先日まで自分より小さかったはずの少年が三ヶ月と少しでここまで大きくなるものなのか。

 レンは感慨深く感じているだろうことは容易に想像できた。


 だがそれは正しいようで少し違う。

 レイはそこら辺の男の子と同列に語っては行けない人なのだ。


 普通の人がもたないものをレイは持っている。

 知識量はないにしても、判断力など一人でも培われる力量は大人に引けを取らないだろう。


 まだ、その辺はレンに話していないので分かるはずがないのだが。


「あ、そう言えばなんでも言う事きくってやつ覚えてる?」

「う、うん。ちゃんと覚えてるよ」

「何がいいの?私に出来ることならなんでも言って」

「ちょっ……ちょっと待って!覚えてるけどまだ決めてない……から」

「そうなんだ。てっきり勝負しよって言った時から決めてるのかと思ってた」


 その時に考えていたことを素直に言えば絶対に引かれることは確信だ。

 よって、レイからお強請りすることは不可能の域に達しつつあった。


 賭けには勝ったが、勝負には負けた。


 三ヶ月で、身長を伸ばすことには成功したが、褒美としての要求をすることはあの時より成長しているレイにとっては無理な事だ。


「今から決める?もう少ししてから?」

「い、今決めるよ。伸ばしたところで変わらないと思うし」

「お、男の子の意地だね〜」


 女の子に要求する時点で男の意地とは死んでも言えないだろうが……。


「いうよ……。えっと……。僕のことをこれからずっと信じて欲しい」

「……?」


 イマイチ話を呑み込めず、?が浮かぶレン。

 それを悟ってか、慌ててレイも付け加える。


「きっと、これから普通に生きていたら関係の無かったはずのことがレンの身の回りで起こる。レン自身の身体にも起こるかもしれない」

「それは前に言ってた秘密のことにも関係ある?」

「あぁ。と言うよりそれそのものだ」

「なんか怖いね」


 レンは怖いという感情を感じさせることなく口調では怖いといった。

 レイは見栄を張ったと思い、安心させるように、続けた。


「でも、信じて欲しい。僕はキミを怖がらせることはしない。真実しか言わない。だから、僕のことを見捨てないで欲しい」

「そ、そんなの当たり前!!レイは私にとって大事な人。だから見捨てたりなんてしない。私はレイの言ったことなら何でも信じるよ。そんな賭け事のご褒美なんて使わなくたって、ね」


 レイは心が軽くなった気がした。

 レンに信じてもらえて、見捨てないと言って貰えた。


 その事実がレイの心を暖かく包み込む。


 そして、理解した。


 この感情は神父が言っていた恋なのだと。

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