終焉

第26話


 レンとの賭け事をしてから、三ヶ月ほどだったある日、レイにとって想像もしてなかったことが起こった。


「……あれ?身長伸びた?」

「みたい。レンと合わせる目線が違う」


 信じられないことに身長が伸びたのだ。

 神父との会話の後、愚直に受け入れたレイは牛乳をレンに買ってきてもらい、毎日飲んだ。そして、レンに教えて貰いながらではあるが料理以外の家事もこなせるようになった。料理もこっそりちょっとずつではあるが上達してきた。


 これが神父のいう「自立」と言うやつなのだろうか。

 レイは喜びと感慨の間に挟まれながらも納得した。


 ただ少し変というか奇妙なことも増えた。

 身長が伸び、顔つきも庇護欲を掻き立てるようなものから、凛々しい立派な顔つきへと変わっていく途中、幾度となく昔切り捨てたはずの記憶が夢の中で蘇るのだ。


 全く覚えていないものではなく、記憶の片隅に残っていた断片的なものが、ストリートビューのように、途切れ途切れに頭の中で再生されるのだ。


 そして最大の謎。

 レンに昔の話はこれまでもそしてこれからも一切していないし、する気もないのだが、何故か話していないことも知っているのだ。

 ただ、かなり信憑性は低いらしく確信がないのか、疑問形にして聞いてくるため全部、「違う」と跳ね除けているのだが、それが一体いつまで持つのかは正直微妙なところだ。


「あちゃー、伸びちゃったか〜」

「お父さんが言うには僕の身長は十六歳にしてはまだ少し低いらしいけど」

「それでもこのペースで行けばすぐに抜かしちゃう気がするね。あ〜私の負けかぁ」


 レンの表情は負けて悔しいような、レイが本当のことを言っていたのに驚いたか。

 負けとは賭けのことを言っているのだろう。レイは未だに賭けに勝った際の事をちゃんと決めてはいなかった。


 神父にはそれなりのことを建前として使ったが、それを報酬で使うのは少し勿体ない気がする。


 何でも、という甘い蜜はレイをとても悩ませる。


「ね、ね。こっち来て」


 レンの言われた通りに近づくと後ろをむくように指示される。


「ちゃんと計ってみたいのよね〜」


 背中にとすん、と衝撃が伝わる。

 レンが、レイの背中に背中を合わせるようにして来たからだった。


「どう?」

「ん〜。確実に私は抜かされたね。十六歳はもう少し大きいのかぁ。へぇ〜」

「レン……もしかして、怒ってる?」

「ううん、怒ってないよ?」

「じゃあ「私、もっと小さい……」なんて思った?」

「うぐっ」


 三ヶ月を越えると、相手の仕草や、ちょっとした声のトーンで何を考えているのか、どんな気持ちなのか分かるようになってきた。

 今のレンの感情はどうしようも無い嫉妬、ではあるのだが、レイが目前でぐんぐん伸びていくのを見ているとそう言いたくなるのも無理はない。


 特に男子ともなれば話は誇張される。

 レンは女の子のため、身長が伸びると言うよりも身体のバランスを保とうと身体は図っている。そのため、男の子に比べ明らかに成長は短い。


 レイは男の子であり、神様の“おせっかい”により、身長が止まっていた人物だ。そのため、その分も相成って常人も倍以上のスピードで成長したのだろう。


「僕の言うことは嘘じゃなかったってことが分かった?」

「うぅ……はいはい!!分かった!分かりました!!」

「素直に認めてよろしい。まぁ、僕自身、身長が伸びたことに驚いてるんだけど」

「え?どういうこと?」

「ここまで伸びるとは思わなかったって意味」


 咄嗟に誤魔化してしまった。後々に引き伸ばすほど面倒なことになるのは明らかなのだが、どうしても言うための勇気が湧かず、神父に任せようとしてしまう。


「ねぇ、いつまでこうしてればいいの?」

「あぁ、もう終わったからいいよ」


 背中合わせで話すのは新鮮で楽しかったが、やはり接触しながら話すのは精神的にあまり宜しくなかった。


 十六歳の身体を手に入れつつあるレイには精神的にも成長期が来たらしく、本格的な思春期というものが到来したように思う。


 例えば、先程のような背中合わせをしただけでも触れ合った箇所が妙に気になり頭がいっぱいになるという謎の現象だ。


 身近にいる女の子がレンしかいないため、そういうことを考えないようにしようと思えば思うほど、深く意識してしまう。


 レンの長所でもある「パーソナルエリア」が極端に少なくて、近いことからも原因があると言える。

 これによって救われたのだが、今はどうしてか恨めしいとしか思えない。


 そんな心も身体も急成長を遂げているレイとは裏腹に、レンは何か変化があったのだろうかと気になる。


 自分ばかり気にして相手が全く気にしていなかったらそれはそれでなんか悔しいのだ。


「レン、何か変わったことはある?」

「いや〜特にないかな」


 らしい。

 照れ隠しという線はあるかもしれないが、そんなことをするような性格の持ち主ではないだろうし、まだ、拾ってあげた孤児のお世話感覚が抜けていないのかもしれない。


 レイの心はもう少しで押さきれない所まで行ってしまう。その前にレンの心をこちらに向けなければレイの気持ちは玉砕、という形になるだろう。


 いい例は小さい子供が、親か保育士に向かって「好き」と言っている。と近しいだろう。


「洗い物は一緒に洗おうか?」

「私が洗うからいい。レイは掃除して」


 最近、洗濯をさせてくらなくなったのは何か関係があるのかどうか、グレーゾーンだ。

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