第17話


 少年は不老不死となった。

 それがいつなったのか、経緯は、理由は、と少年に問いただそうとしても彼はもう覚えてすらいない。それほどまでに長い時を少年は過ごしていた。


 経緯も理由も分からないが、なってしまった瞬間の感覚と周りの見る目がどのようなふうに変わったのかははっきり覚えている。


 少年はまだ12歳だった。

 ある日目覚めると頭が激しく痛んだのだ。何かひどい病気にかかってしまったのではないかと子供心ながらに思い、両親に相談できず、ともかく寝れば少しは収まるだろうと無理やり目を瞑った。

 もう一度目を覚ますとすっかり頭痛は納まっていた。だが、変に身体が軽く感じられた。


 さっきと何かが違う。

 けれど、何が違うのかは分からなかった。


 試しに胸に手をやってもしっかりと心臓は鼓動を刻んでいるし、思い切り頬を引っ張ってみてもしっかりと痛いと感じた。

 しかし、心のどこかで少年は人間ではなくなったと直感した。


 誰が、一体、何のために。

(どうして僕なんだ!)


 少年は実直にそう思った。

 そこに子供も大人も関係ない、人間としての当たり前の感情と元に戻りたいという拒否の感情があった。

 だが、誰にもいってないので気付かれることは無いし、子供なので治療の方法も分からない。


 なら聞いてみればいいじゃないか!


 だが、そう思ってみたものの一ヶ月程は勇気が出なかった。両親に言い出せはしなかったものの一人で色々と実験していく中でやはり自分が人間を超えたことは嘘ではなかったのだと分かった。

 死ねないし、傷も負わないのだ。さらに言えば、疲れることもないし老化することも無い。

 こうして確実に少年は自分が不老不死であると確信した。

 そして、ある日の朝。少年は両親に打ち明けた。


 今となってはこの判断は間違いであったと断言出来る。少年の純粋な優しい心はここで壊されてしまうからだ。

 とはいえ、それはその結末を知っているから言えることであって、理解者がひとりでも居て欲しいと願う今の少年を止めることが出来たとしても聞かなかっただろう。


「おはよう。どうしたの?そんなに慌てて」

「お母さん!!お父さん!!」

「おはよう。今日も元気だなぁ、羨ましい」


 普通の家庭の挨拶だった。

 少年が抱きつきに行けば嫌がることなく受け入れ、それどころか抱き締め返してくれる、暖かい家族。


「僕は……超能力者になったかもしれないんだ!」


 目を丸くする両親。

 テレビも何も無いこの家で突如、超能力者になった、などと言われればそれもそうなるだろうが。


「どういうことかしら?」


 少年がもう少し小さければヒーローに憧れているのだろう、で済んだのかもしれない。

 少年がもう少し聡明ではなかったら、また巫山戯て遊んでいるわ、で済んだのかもしれない。

 少年がもう少しおちゃらけを装っていれば……済んだのかもしれない。


「ちゃんと分かるように説明しなさい」


 少年は話した。包み隠さず、全て。

 最後の証明として、台所にあった包丁を取り出してきた。


「僕は死なないだろうから……ほら」


 そして、腕を軽く切って見せた。

 赤い鮮血が飛び、宙を舞った。明らかに痛そうな光景を見て、母親はたまらず顔を背けた。

 だが見たくなるのが人間の性というもの。母親はうっすらと目を開けた。

 少年の行為を凝視してみていた両親はふと気づく。


 切った箇所がどこにも無くなっている。


 この動かぬ証拠を見せられた両親は再び唖然とするしかなかった。


 そして、醜い葛藤が始まった。


(この目の前にいる子は誰だ。

 我が子だ。誰よりも何よりも大切な私達の子供だ。

 私達の子供は死なない怪物だったのか。

 いやいや、そんなはずは無い。私達人間から生まれたのだ。人間じゃなければならない。

 ならばこの子は誰だ。

 私達の子供を騙った化物だ。そうだ。そうに違いない。

 大切な息子を殺し、その皮を被った外道な化物だ)


 少し考えれば、分かるはずだった。少年の理解してくれるだろう、という期待に満ちた目を見ればそれが考えすぎであることはすぐに分かったはずだった。


「キミは……一体誰だ……」


 抱きしめてくれると思い待っていた少年に浴びせられた言葉は酷く他人行儀な存在を訊ねる質問だった。


「僕は○○だよ!ここで生まれてここで育った!さっきまで知ってたじゃんか!!」

「いえ、あなたは○○ではないわ。そう、あの子はもう居ないのね……可哀想に。あなたは○○を殺したのね。……許さない……許さないわ」

「待ってよ!!僕は○○だ!だから殺してなんかいないよ!」

「お前は……化物だ」

「返してよ!私達の○○を!」


 両親からのありえない言葉責めに少年は絶望を感じた。


 それから先のことを少年は覚えていない。

 両親に対して何か叫んだのか、暴力を振るったのか。はたまた逆に無抵抗でされるがままに殴られたのか。


 絶望に堕ちた少年は心を閉ざし、人間として生きることをやめた。


 彼は不老不死という、超能力を頼りにするしかなかったが、これがなかなかどうして案外頼りになる代物だった。

 何しろ、不老不死なのだ。

 何をしようとも死なない。

 逆に言えば何もしなくても死なない。


 少年はふらふらと街を歩き、荒野を歩き、砂漠を歩き、草原を歩き、洞窟を歩き、世界の至る所を彷徨った。


 その間、飲み物も食べ物も欲しなかった。

 なぜなら、その必要がなかったから。


 1年、10年、50年、100年……と歩き、彷徨う少年は歩く亡霊にも等しいものだっただろう。歩く姿を見た人々は一目散に逃げ惑った。


 怖かったからだ。死神だと恐れていたからだ。


 悲しかった。辛かった。


 少年の心は負の感情のみが渦巻いていた。

 だが、それは人々も同じだった。

 けれど、少年は気付けない。

 一度拒否させてしまったことで、自分と同じ感情を他の誰かが同じように感じているなんて思いもしていないのだ。


 大好きだった家族に裏切られたという事実だけが記憶として残った今、人間の思いを考えてやるという余裕がなかったのだ。


 不老不死となった少年は確かに肉体では人間ではなかったかもしれない。だが、人間の心は確かに存在し、喜怒哀楽も認識できるし感じることができる。


 そう。


 そんなことに気付いたのは、気付かされたのはある街にいた時に出会った一人のおばあちゃんだった。

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