第16話


 癒してあげようなんて思い切ったのも束の間、目前に広がるぐちょぐちょの料理とはお世辞にも言い難い料理が完成した。


「何だこれ……食べ物か?」


 冷蔵庫にあるものを使って、調味料を入れたのだから料理、なのだろうが……作った本人すら半信半疑だ。


 初めて包丁を握り、作ろうとしていたのは幼い頃好きだったオムライスだった。

 オムライスに包丁はほとんど必要ないのだが、まぁ、昔の記憶を辿りながら味を再現していったことをまずは褒めて欲しかった。

 ここに一人しかいないが。


「そうだよ、味がうまければいいんだよ」


 半分言い聞かせるようにも聞こえた気がした。

 時刻は昼ごはんには丁度いい時間になっている。これがレイの昼ごはんとなりそうだ。

 恐る恐る口へと運ぶ。


 自分で作ったものではあるが、毒物を食べている気分になる。


 ……と思ったのだが。


「ん?これ案外、美味しい」


 意外に好感触だった。

 しっかりとオムライスの味がする。卵とケチャップライスが混ざり合い、お互いがお互いを尊敬しあって主張している。


 見た目は酷かったのにこれ程とは。

 驚きに溢れる。


「いや、こっちのセリフだよ」


 次々と口へ運んでいく。

 自分に料理の才能があったなんて思わなかった、と見た目の件はとうに忘れて自惚れていた。

 スクランブルエッグが焦げたような卵に、ケチャップが、塗りたくられたライスはしっかり混ざっていなかった。調味料だって、適当に塩と胡椒をまぶしただけなのだが……。


 まぁ、奇跡だろう。


 これはもう二度とは起こるまい。

 これだけ美味かったのだからレンにも少し残しておこうかと思ったが、やめておいた。


 これを置いておくと冷えて美味しくなくなるし、何よりもう少し見た目も、上手くなってから食べさせてあげたかった。

 恩返し、恩返し。

 というよりも。

 レンに喜んで欲しいという自分の願望だろう。


「ごちそうさまでした」


 一応、自分と食材にお礼を言っておく。

 そして周りを見渡した。

 はぁ、と深いため息が漏れ出るのは致し方ない事だと思う。


 たかが一人分の料理を作るのに、どうしてここまで汚れるのか、と周りが目を剥く程、辺りは散らかっていた。


 初めてなのは知ってるよ?だけどこれはないわー。


 特にレン辺りなら言いそうなぐらい、悲惨な状況だった。

 レイはこれをレンが帰ってくる前に片付けて、元通りに戻して、何もしてませんという雰囲気を醸し出さなければならない。

 これは義務だ!いざ、取り掛かれ!


「皿洗い……床掃除……洗濯……」


 順序を立てて、忘れないようにブツブツ呟く。

 洗剤をスポンジに着けて、丁寧に擦る。多少怪我をしたところですぐに治ってしまうので、包丁なども躊躇なくどんどん洗っていく。


 こういう所は少し便利で感謝すべきところなのかもしれない。


 続いては雑巾をどうにか探し出し、水で濡らした。油も散っているので、乾いたものと二刀流だ。油を拭き取り、全体を水拭きする。

 この辺でレイは料理とは思ったより面倒なんだなぁ、と感慨深い思いをした。


 もう少し手際良くすれば、この行程は必要なかった訳だが、何事も初めは初心者。これも教訓だろう。


 最後に洗濯。これにレイは詰まった。

 洗濯機を使うつもりでいたのだが、どこのボタンが開始のスイッチなのかわからないのだ。

 冷蔵庫ぐらいの機械なら、開け閉めするだけで簡単に概要を理解することが出来たが、ボタンが数十個ある未知の箱には突貫することさえ、叶わなかった。


「バレちゃうぞ……どうしよう」


 まるで、おねしょを隠す子供のようだった。

 数百年、人の文化と触れ合ってこなかった障壁が今ここで現れてきた。

 要するに、機械オンチなのだ。だが、機械オンチでも数百年の年の功は健在だった。


「こいつじゃなくても、僕が自分でやればいいじゃん」


 風呂場で桶に水をためて、洗剤を投入。雑巾を丁寧に丁寧に手もみで洗濯を始めた。


 雑巾を洗う必要はあったのか?

 処分するものじゃないの?


 えっと……。正解です。する必要は全く持ってありません。

 だが、レイは元通りに戻して何事もなかったかのようにすることしか見えていないので、当然使った雑巾も使われていないように綺麗な状態まで戻して、あった場所に戻そうとしていたのだ。


 三十分ほど経っただろうか。


「ふぅ。これで何とかいけそうかな」


 額にうっすらと汗を浮かべて終了を宣言する。疲労がとんでもない。


 全て元に戻し、レイは再びリビングで大の字に寝転がった。


「疲れた……。少し寝よう」


 レイはそう独り言を言い、目を閉じた。

 睡魔は直ぐにやって来て、レイの精神を夢へと誘う。

 その時うっすらと人の影が写ったような気がした。


(あれは……レン?)


 そして、レイの意識は完全に夢へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る