第15話
しばらく会話を続けているとレンが風呂から出てきたため、打ち切りにし、レイは交代で風呂へと入った。
人間では決して体験することが出来ないほどの期間ぶり、実に久しぶりのお風呂はとても気持ちがよかった。
勝手に鼻歌が出た。
レンがおちゃらけで「残り汁が〜」とどうのこうのと言っていたが、あれは一体なんの事だったのだろうか。後で覚えておけば聞いてみよう。
と、思っていたのだが、さっぱりした気持ちで風呂から上がると神父とレンがくすくすと鼻歌に対して笑っていたのでそれについて恥ずかしさが勝り、すっかり忘れてしまった。
そして次の日。
レイが目を覚ますと、神父の姿はなく、キッチンではエプロン姿のレンが軽快な音を立てて朝ごはんを作っていた。
「お父さんは?」
「もう帰ったわ。起こそうかと思ったのだけれど、神父様が「寝かせてあげなさい」って言うから、そのままにしたわ」
「そ、そうか。ありがとう、おかげでぐっすり眠れたよ」
「結構なお寝坊さんね、おはよう」
苦笑混じりに朝の挨拶をしてくるレンに「おはよう」と返し、ダイニングの椅子に腰を下ろした。
新築のこの家は中々にスペースが広く作られていて、キッチン、ダイニング、リビング、共に一つの部屋の中に含まれている。
「何か手伝おうか?」
「もう出来たからいいわ、はい」
手渡された今日の朝ごはん。
食パンに目玉焼き、野菜サラダと栄養のバランスがよく整えられている。レンは鴇色の髪の毛を後ろにまとめながら、ふんふん、と聞き覚えのある花歌を歌う。
「それは昨日、僕が歌ってたやつじゃないか!!」
「うふふ、正〜解〜」
悪戯っぽく笑うレンにすっかり毒気を抜かれたレイははぁ、とため息をついた。
八つ当たりのように朝ごはんを頬張る。
「私はこれから街へ行って買い物をしてくるわ。その後、教会まで届けに行って帰ってくるから昼間は一人ね、大丈夫かしら?」
「大丈夫だよ。僕は子供じゃないから」
言ってからしまった、と思った。レイは見た目通りの年齢ではないことをレンが知らないことをすっかり忘れていた。
案の定、レンは、ん?と小首をかしげる。
「見栄を張ってもダメよ?レイはまだ子供」
「レンだって、そう変わらないじゃないか」
「え?何を言ってるのよ、私はもう十五よ?あと少しで結婚だってできるしお酒だって飲めるようになるのよ?」
えっ……十五?
すっかり見た目で騙されていた。
出会った時の印象は鴇色の髪が目立つあどけない感じの具体的な年齢を言えば、十二歳ぐらいだったはず……。
身長が伸びなかったんですね……とは口が裂けても言えない。
「僕だって……」
本当は酒だの、結婚だの、とっくの昔にできる年齢に達しているのだが、如何せんレイの見た目が少年のまま止まっているので言い分に説得力がなく、ただ大人ぶりたいだけの子供に見えてしまう。
いい言葉が思いつかず、言い淀む。
すると、レンが、優しくレイの頭を撫でた。
「すぐに大きくなれるわよ。だって男の子だもの」
「レン……」
全く持って見当違いの慰めであり、大きくなる見込みなどないのだが、レンに髪をとかされるように撫でられて気持ち良く感じた。
「じゃあ、行ってくるわ。ちゃんとお留守番しててね」
「僕はそんな年齢じゃないから!」
うふふ、と笑いながらレンは街へと出かけていった。一緒についていければよかったが、いつまた、拒絶反応を起こしてレンに迷惑をかけてしまうかわからない。その可能性が少なからずあるため、レイは大人しく留守番をすることにした。
とはいえ、暇である。
このぐらいの暇であれば、今までも経験があったはずなのだが、今までがおかしかったのか、最近の日常が濃すぎたのか、とにかく暇だった。
何かしようにも一人では楽しくないだろうなぁ、なんて心の奥底で勝手に思ってしまったり、自分のためになる何かを探そうと思っても、そうそうないことを早々に知ってしまったり。
レイはリビングに大の字で寝転がる。
特に何もすることがないのなら、寝起きだが寝てしまおう、という魂胆だった。
耳を澄ましてみると、案外しんと静かになることは無く、何か色々な音が聞こえてくる。
いい感じだ。心地よい。
こんなに安心して横に寝たのはいつぶりだろうか。
レイがこの街にたまたまいて、たまたま……ではなくここは神父によるものだったが、レンと出会い、これもたまたまとは言えず、むしろ、強引だったような気がするが、レンに連れられて教会へ向かった。
そこから、自分のための家が作られることになった。
長生きしていてもこんな急展開ばかりの話は聞いた事なければ、見たこともなかった。
まぁ、実際しちゃってるが、それはともかく。
そしてふと気付く。
「恩返し……何を返せばいいのだろうか……」
神父によるものだったとはいえ、レイと話したのはレンであり、会話の内容もレンが自分で考えたものだ。そして、その人柄にレイは惹かれたので、今ここにいると言っても過言ではない。
何か返す。これは決定事項ではあるのだが、果たして何を返せばいいのだろう。
金か?
身体か?
時間か?
う〜む……思い付いたどれもが全て無理なものだった。
どうすれば恩を返すことになる?
レイは自問自答を繰り返す。
そして、先程の会話を思い出す。
あの時、レンは街へ出かける、と言った。さらに、教会へも行く、と言っていた。そして、その後にここへ帰ってくる、と。
とてつもない距離を今日は歩くのだ。いや、今日だけじゃないだろう。毎日ではないと流石に思いたいが、少なくても今日だけということはない訳で。
そうなると、帰った時にはきっと疲れていることだろう。
恩返しとして、というか、恩返しじゃなくても、ここは何か一つするべきなのではないだろうか。
レイは光明が見えたような感じがした。
つまり。
「これからの時間を癒してあげることを僕の恩返しにしよう」
レイは手始めにまだ一度も入ったことの無い、魔のキッチンへと向かった。
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