第14話


 新しい我が家となったこの家で、名前を決めるという一大イベントを終えた二人は、神父と共に一息ついた後、しばらくしてからお風呂に入っていないことに気づいた。

 レイがレンについて行ったのは温かいご飯と暖かいお風呂だったのだが、それがようやく叶うのだ。

 教会ではさっと、井戸の水を頭から被ることしかしていなかった為、野宿していた時とそう変わらなかったが、ここにはちゃんとした風呂場がある。

 レンと一緒に入るわけには流石のレイもいかなかったので、先程の運試しが、レイに傾いたことから先風呂はレンが勝ち取った。

 レンは一緒に入りたそうだったが。「髪の毛の手入れをしてあげたいのよね〜」なんて、聞こえる声で言いながら脱衣所に消えていった。


 レイはボサボサのまま手入れをしていない自分の前髪を掴んでいじる。

 まぁ、確かに伸びているが目に入らない限りあまり、気にはならなかった。


「さて、レンはお風呂に行った事だしここで、先週のキミが寝込んでいた分のお話といこうじゃないか」


 ソファに座る神父がレイに話しかけた。

 神父とレイは毎週金曜日に少し複雑で深刻な話をすることにしている。それは、神父がレイの体質を知っていて、レイは神父をそれなりに信頼しているからだった。

 しかし、レイのこの現象は如何に神学に精通している神父でさえも不可解なものである。“神様のおせっかい”。彼らはそう呼んでいる。


「今日は何を話すの?」

「そうだな……馴れ初めについてそろそろ、ちゃんと話しておこうかと思ってね」

「馴れ初め?」

「そうだ。レイが誰にも心を開くことをしなかったのにどうしてレンと私には心を開いてくれたのか。それに、私とレンが他のみんなのようにキミを見て、嫌悪感や疎外感を与えないのか、それを話しておこうか」


 神父は穏やかに目を細めた。

 レイは常々疑問に思っていたこの事をついに知れるのかとわくわくしていた。レンとの出会いなんて最悪にも似たものだったにも関わらず、彼女は全く嫌な素振りさえ見せなかったし、最終的には手を引いて自分の住んでいるところまで連れていってくれた。

 他の人にはない何かを持っているのだろうと、薄く予感はしていたものの、確証はなく、いつしか有耶無耶になっていた。


「レイ、キミは同じ待遇の子とあったことはあるかい?」

「いいや、一度もないよ」

「そうか。いや、そこはあんまり関係はないんだ。だから、そんな顔をすることは無いよ」


 神父がフォローを入れる。


「はっきり言ってしまえば、レンは前に話した時と比べて格段にキミに近くなっている」

「“おせっかい”が強くなったってこと?」

「そうだ。そして、私はそうなる事を知っていた」


 ここで、レイの思考はピタリと停止した。

 ん?どういう事だ、と。

 まるでその言い方では神父は前からなんでも知っていたみたいではないか。

 レイは思い切って神父に訊ねる。


「どうして知ってるの?お父さんは人間のはずでしょ?だったら……」

「忘れたのかい?私もキミと同じ待遇の人間だよ」

「あっ……」

「そう。キミが“おせっかい”によって“不老不死”の恩恵を受けているように、私には“私の周りの少し先の未来が視える”という恩恵がある」

「未来……?」

「あぁ。未来というか、運命、というか。この先にある延長線上の確定した部分だけを見れることが出来る」


 学が見た目の年齢で止まってしまっているレイには少し難しくて、神父の言っていることはイマイチよく分からなかった。

「この先にある延長線上の確定した部分」というのは例えば、リンゴを持っていて、そのリンゴを離したとする。するとどうなるか。答えは「落ちる」。神父はこの「落ちる」という答えをその人がリンゴを手に持っている時点でわかる事が出来る、という訳だ。


「一年後のことはわからないが、明日何が起こるかぐらいはわかる、ということだ」


 この言葉でレイは理解したらしく、先程までの不思議そうに首を傾げていたのとは打って変わって今度はキラキラとした眼差しを神父へと向けた。


「すっごい!!それじゃなんでも分かっちゃうじゃん!」

「ははは、そう煽てないでくれたまえ。キミと同じ恩恵なんだから、ね?」

「でも僕のはなんでも分からないしかっこよくないよ」

「そんなことをいっちゃいけないよ。キミが私達と出会う前は何を食べて生きていたんだい?大方、何も食べてはいないのだろう?それは偏に“不老不死”というキミだけの恩恵があったから出来たことに他ならないじゃないか。だから、滅多なことを言うものじゃない」


 何も食べていないと言われ、確かにその通りだと思った。神父は未来だけじゃなくて過去も分かるのか、と一瞬納得してしまいそうになったが、それは一番初めに自分を見た時に簡単に推測できたことだ、と思い直した。危ない。騙されるところだった。


「お父さんが凄いのは充分すぎる程分かったよ。でも最初にあったのはお父さんじゃなくてレンだったよね?」

「レンには先に伝えておいた」

「えぇっ?!」


 レイの驚きに神父は嘆息する。


「伝えておかなければあんな路地裏に女の子一人で行かせるわけないだろう?」


 まぁ、そりゃ、ごもっともですわ。


「……んー?でもレンはお父さんに言われたなんて言ってなかったような気が……」

「路地裏に面白い動物が時たまに出没するらしい、と伝えた」

「動物?!僕は動物扱いだったの?!」

「嘘だ。リアクションがいい。人前に出ることさえ普通にできればコメディアンにでもなるかい?」

「結構だよ!!……それで?本当は何て言ったのさ?」

「何も聞かずに川沿いの裏路地にいる少年を助けてやって欲しい、と」


 そんな事で。

 たったそれだけの言葉で。


 レンは自分を助けてくれたのか。

 神父にも当然感謝している。この言葉がなければそもそもレンと出会うことすらなく、今でも行き先のない流れに身を任せたただの時間を浪費するだけの旅に戻っていただろうからだ。

 だが、それ以上に。

 レンに感謝した。

 もっと何か利益となることがあって自分に話しかけてきたのではないか。今では全く、これっぽっちも思わないが一番初めはそんな疑心暗鬼に、陥ったこともあったことを思い出す。

 でもそれはただの杞憂だった。

 ただの善意で話しかけてきてくれた。他の人達のように気持ち悪いと思いながら話しかけたのかもしれない。

 そんなことは考えるだけでバカバカしいことだ。


 水の音がする方を眺める。


「僕は……恩返ししないといけないね」

「レイが望むなら可能な限りで援助しよう」

「ありがとう。お父さん」


 レイは支えられていることをようやく実感したのだった。

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