第13話


 さて、名前は「レイ」と「レン」に決まった訳だが、肝心のどちらがどちらの名前を名乗るかが、まだ決まっていなかった。

 二人とも名前を自分でつけることは初めてなので、どうすればいいのかハッキリとはよくわかっていなかった。とはいえ、その二人ではない神父も、少女達が猛スピードで話を進めているので、理解していても口を挟めるかは微妙ではあったが。

 そのため、今度はどちらにするか、を悩み始めた。


 少年は少女が決めたことなので、先に選んで欲しいと思っている。が、しかし、少女がその旨を伝えて素直に聞いてくれるかと考えるとたぶん、無理だろうと思った。逆に選ばされてしまいそうでもあった。


 どちらがいいのか。

 どちらもいい。


 もっと言えば、少年にとってどちらがいいのか、なんて分からない。

 だから、どっちも素敵だな、と思うし、どこか他人事のように、感じてしまう。


「どちらもいい名前だ。キミ達はどちらを選ぶんだい?」

「キミは?どうしたいの?」

「君こそ」


 神父はやれやれと肩をくすめる。

 隣に座っていて仲良く見えるのにも関わらず、こういう所はまだ、他人感があるというか、遠慮がある。

 子供は遠慮するものでは無い、と常々思っている神父から見ればとても歯痒い光景だった。


「決まらないか……。まぁ、それも仕方が無いな。それじゃあ一つ、運試しで決めようか」


 すると、神父は内側の胸のポケットから小さな紙と、ペンを取りだした。テーブルまで移動するにつれて、何を始めるのだろうか、と興味津々な少年と少女は生まれたての鳥が、親にひょこひょこ着いていくように後を追った。


「そうだな……普通に、でいいか」


 さらさらさら、とペンを走らせる。

 その迷いない手つきにいつか自分もあんな風に早く書きたいと少年は羨んだ。


 神父が書き終えたらしく、その紙をあろう事か、ぐしゃぐしゃに丸めてしまった。


「紙を無駄にしちゃ勿体ないよ?」

「ははは、無駄にはしないさ。見てごらん?」


 神父は手を背中へと隠し、しばらくしてから拳を二つ、二人の前に突き出した。


「この二つの手の中のどちらかに先程書いた紙がある。紙がある方を当てた方が……そうだな、『レイ』を名乗ることにしようか。勿論、何も無かった方は『レン』を名乗る。これで決めてはどうだろうか?」

「すっごくいいと思うわ!!こんな決め方があったなんて、私、知らなかった」

「僕もこれでいいよ」


 神父の説明を受け、自分ならどちらを狙いに行くのだろうか。

『レイ』も『レン』どちらも好きな名前だ。少女が、神父が、何より自分自身が考えた名前なのだから。

 だが、それは隣にいる少女にも同じこと。


 どちらでもいい、という思いはすぐには変わる様子がなかったが、他人事のようには選びたくなかった。


「キミ、目を閉じて?」

「ど、どうして?」

「んー、キミが私に遠慮して選ばないような気がして」


 少女はそんな少年の心を見透かしたように、そんなことを言ってきた。


「わ、分かったよ。瞑ればいいんでしょ!」

「うん、まぁ私も閉じるから神父様に見てもらうしかないけれど」

「大丈夫。二人とも閉じてるよ」


 少女はぎゅっと胸の前で手を置いた。

 彼女は今、何を感じているのだろう。

 神父は少年が来る前の彼女を思い返しながら、見守った。


「慌てない慌てない。落ち着いて落ち着いて」


 たかが名前。されど名前。

 自分を落ち着かせようと小声で繰り返し言う少女に少年は目は見えてはいないが、ハッキリと少女を視た。


「落ち着いた?」

「うん」

「じゃあ、一緒に」


 手を伸ばす。神父の手を目指して。

 そして、触れた。

 神父の拳が開き、自分の手に紙が乗せられるか、乗せられないのか。


 ふわっと。


 人の手ではありえない感触と、冷たさが手に伝わってきた。


「あっ」

「決まったわね」


 同じくして、自分が引いた方に紙がなかったと分かった少女が声を発した。

 うっすらと目を開く。

 手にはクシャクシャになった一枚の紙があった。そこには神父の達筆な字で『レイ』と書かれてあった。


 今、この瞬間から少年は『レイ』となった。


「おめでとうレイ。キミは今日からレイという名前だよ」

「あ、ありがとう……?」


 いまだに実感がわかず、曖昧な返答をしてしまう。


「レンもおめでとう。君も今日からレンという名前だ」

「ありがとう、嬉しいわ」


 こちらははっきりと答える。

 少女、いや、レンは少年、いや、レイに呼びかける。


「レイ」

「ん?何」

「私も名前で呼んでよ」

「あ、ごめん。何、レン?」

「ありがとう。これからもよろしくね」

「もちろん」


 レンは零れるような笑顔でレイに感謝を伝えた。

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