第10話


 一週間後。

 教会でダラダラと過ごしていると、家が完成したという連絡が入った。ダラダラと過ごしていた、と一概に言ってもニートや引きこもりのように健康状態にも関わらず閉じこもっていた訳では無い。

 一週間前のあの日。

 少年は神父と一緒に家の構想を練ったあと、暫くはやって来た街の人々と会話する事はさすがに不可能だったけれど、同じ空間にいることが出来た。


 しかし、やはりというか。

 街からやってきた人は誰しもが少年を見ると少し顔を歪めたり、あからさまに避けたりした。どこかが違う。それを本能的に察しているのだ。

 少年はそれでもしばらく頑張っていたが、体調が悪くなって倒れてしまった。

 その実。三日間。


 不老不死のため、命に別状はあるはずがなく、神父もそれを知ってかベッドに寝かせるという以外では何も少年に看病しようとはしなかった。

 しかし、それに憤りを感じたのは少女だった。少女はこの三日間、片時も離れることなく少年の手を握っていた。

 まるで帰ってきて、と願うように。


 少年が目覚めた時には気持ち良さそうに眠っていたのだが、それでも、目元の隈ははっきりと確認できていて、申し訳なかったなと思った。


 それからは、三日も寝ていたということで、徐々に戻していくこととなり、今日やっと本来の生活のペースに戻ったところだった。


「見に行くか?」


 神父が少年に問う。


「作ってくれた人達は?感謝はしているけどまだ居るなら僕は行きたくない……」

「みんな帰ったわよ。終わった仕事場所に長々といることなんてないわ」

「なら、いくよ」


 たまたま、神父も少女も教会にいたので、三人で新築の家へ向かうことになった。


 リハビリの四日間の内、神父が何をやっているのか、少年はさっぱり分からなかった。どのようにして自分以外の孤児達も養っているのかを、何とか知りたいと思ったがそう簡単には行かなかった。


 逆に少女のしていることは簡単だった。ただ、少年にはその簡単なことが一番難しかった。それもそのはず、少女は少年と出会った時のように、毎日のように山を降りて、食材やら備品やらを買ってくるのだ。その時には当然、人と会話することになる。今の少年にはとてもでは無いが無理な話だった。


「体調は大丈夫か?」

「うん、平気。逆にここのところ身体を動かしてなさすぎて歩ききれるのかが心配なくらいだよ」

「そんなに遠い場所じゃないから大丈夫よ。無理になったら早めに言ってね、休み休み行きましょう?」


 神父、少女、少年の三人は一緒に並んで山を降りる。道中にあるため完全に降りる訳では無いのだが、病み上がりにも似た状態の少年には少し厳しいだろう。

 それでも、少女や神父が気遣いながら歩いてくれるので無理なく、進むことが出来た。


「ねー、あれがもしかしてキミの家になるところ?」

「そうだな。あそこだな」


 少年の代わりに神父が答えた。

 緑の大自然に囲まれているキャンパスのように白い綺麗な新築の家がそこにはあった。

 前の古くさい感じは跡形もなく消え失せ、教会に引けを取らない豪華な仕上がりになっていた。


「ほぉ……」


 流石の神父でも感嘆の声が漏れた。


「とっても綺麗ね!!さぁ早く入りましょ!」

「あ、ちょっ?!」


 居てもたってもいられなくなった少女が一応少年の家、ということになっているのでそこを考慮したのか、ただ単なる気まぐれか、少年の手を引き玄関のドアを開けた。

 新築の染まっていない良き匂い、風情のある匂いがした。


「ここに住むんだぁー。とっても広いね」

「僕もびっくりだよ……。まさかこんなに広いなんて。二階を作らなくて良かったよ」

「私が住みたいぐらいだ。うん、いい仕事をしてくれたようだな、後でもう一度お礼に行かなければ」


 遅れて神父も入ってきた。

 製図作業の時に、神父が「二階は作るか?」と訊いてきたときに、「う〜ん、要らないや」と答えたのだが、どうやら間違いではなかったようだ。これで二階まであると、もう少年だけでは住めないので、他の人を呼ぶしかなくなるだろう。


「さて、こうしてキミの家が完成したわけだが……どうだい?」

「……ここまでしてもらえるなんて思ってもいなかった。その……ありがとう……ございます」

「私がキミに出来ることはここまでだ。何度も言うようだがね」

「ここまででもう充分すぎる程だよ……」


 神父の行動力と経済力に少年は萎縮してしまう。萎縮しない方が無理な話ではあるのだが、色々と規格外だと諦めるしかない。

 すると、今まで黙っていた少女が口を開いた。


「はいはーい!私からも発表しまーす!」

「ん?」

「私もここに住むことにします!!」

「え?」

「……」


 あまりに唐突な事で理解が追いつかない。少年は辛うじて返答をしたものの、神父は驚きのあまり、気を失ってしまったのではないかと疑う程、黙って、固まっていた。


「おーい、神父様ー?」


 少女が手を振る。しかし、眼さえ、動かない。


「寝ちゃったの?ここで?!」

「ンなわけあるか!!」


 思わずツッコミを入れてしまった。しかし、その大きな声量のおかげか、神父が、自我を取り戻した。


「ううん!!もう一度聞かせてくれるかい?」

「私もここに住む」

「……?!あー!!戻ってきて!!」


 もう一度逝きかけたらしい。


「ここの方が綺麗だし、街に行く時便利だし、あと何より一人にさせてあげたくないから」


 この時少年はふと思い出した。


『一人の方が好き?それとも誰かといる方が好き?』


 この言葉はもしかして、この時のための確認だったのではないのか。

 少年は少女の横顔を見ながらそう確信していた。その時、少女が少年の方を向いた。視線が交差する。

 イタズラっ子の笑みだった。

 あ、違うな、と思い直す。

 これは建物が綺麗だから自分にだけ使わせるなんてことをさせたくないのだろう、少年は今度こそ確信した。

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