第11話
「君のいいたいことはわかった」
「でしょ!なら……」
「だがすぐにいいよという訳には行かない」
神父はようやく落ち着きを取り戻し、大人として諭す様に少女に語りかけた。
自分が何を口走っていて、その結果、どうなることが予想されるのかをよく考えさせようとするのが分かる。
それでも、傍から見ていればわかる事でも当事者となっていればわからないことがあるわけで。
少年は気付いたが、少女は気付いていないようだった。
「何がダメだっていうの?」
「君の安易な決断で周りにどんな影響があるのか、まずは考えてみなさい」
神父はすぐに応えを言う訳ではなく、気付かせる為にあえて、放り投げる言い方をした。
「何も変わらないわ、いいえ、変わっても良くなることばかりよ。私は街が近くなるし、彼は一人じゃなくなるもの」
「……」
ところがその考えは完全に裏目に出てしまっていた。少女は自分の意見をより肯定し、それ以外の答えはない、と思っているようだ。
神父もこれは予想外のようで、取り繕う言葉さえ出なかった。だが、ここで少女の言い分を通すわけには行かない。
この家は少年のために神父が作ってやったものだ。あまり日は経っていないとはいえ、少年と神父は互いを深く理解し、信頼までしているので、言外から伝わってくるものを二人は感じ取っている。
少年は見た目こそ、そうであるが長年の知恵というものも相成って、より深く緻密な信頼を築けていた。
つまり、何が言いたいのかといえば。
「私は君のためにここを改修して綺麗な家にした訳では無い」
だから、どういう行動を取ればその意見が通るのかを考えて、実践しなさい。
神父は言外のメッセージを残す。
すると、少女もやはり少なくない時間を神父と共にすごしていたためか、何となくでも伝わったらしい。
「あー、やっと私、言いたいことがわかった気がするわ。きっと神父様ならこう言うわよね」
少女は前置きをして、少年の方を向いた。
少年もわかっているため、特に慌てる様子もなく向かい合う。
「ねぇキミ」
「何だい?」
「『私も一緒に住まわせてください』」
ちらりと神父を見る。
彼は満足気に頷いていた。
……じゃなくて認めるのか認めないのかを言えよ。
神父が何も言わないので、困った顔をしながら少年は少女を見つめる。
少女が初めて少年に頼んだ事だった。
少年は心が暖かくなるのを感じていた。
これが頼まれる時に感じる感情。
いつかの末に見失ってしまっていた大事な感情の一つが少年の心に戻ってきた。
だからかもしれない。
少年は少女の頼みを聞きいれてあげたい、なんて心に決めてしまったのは。
「僕だけじゃ使い方も何もわからないから……誰か教えてくれる人を探そうか、なんて思ってたんだ。だから……その、よろしく」
どうしても「いいよ」と言うには恥ずかしくなってしまって、言葉を濁して伝わるか、伝わらないかなんてどうでもいい所なのにギリギリを狙ってみたが、案外、少女の理解能力は高く、聞いた途端に、花が咲いたような笑顔を見せた。
ぎゅっと手を握られる。
これが握手というものか、いやいや、こんな一方的に握られたものは握手なんかではあるまい。他の言い方で表されるような、握り締められる、などが相応しいのではないだろうか。
「あ〜嬉しい!!とっても綺麗なお家に住むのが夢だったの!」
「夢が叶うのはやすぎな気が……」
「この時のお掃除は、汚れを落とすと言うよりも、汚れを付けないように、を考えて掃除をするべきなのかしら……」
決まって早々。
少女は少年をそっちのけで家事に頭を回し始めた。
少年がもし一人で住んでいれば、掃除の「そ」の字すら出てこなかったであろう。少年が家に住むということ自体が世紀を跨いだ歴史的な事だと言っても過言ではない。
いや、過言だが。嘘八百だが。
少なくともこの時点で少年にできることといえば、家の中に居場所をください、と祈ることぐらいであった。
「いやいや、私を忘れないでくれたまえ」
「まだ、忘れてない」
「まだ、ということは、そろそろ、忘れるということだ。よく覚えておきなさい」
「はーい。……よく何も言わなかったね」
少年は神父に恨み節も兼ねてそう言った。
「いやいや、私は彼女にも勿論、キミにも言えることなんてないのだよ」
「?どういうこと?」
「あの娘もキミと同じような運命を辿ることになる。この意味が分かるかい?」
自分と同じ……。
少年は家の中を色々と物色する少女を傍目に見ながら、脳を回転させる。共通点を探し出し、それがもたらすであろう事まで推測する。
簡単ではないが、難しくもないだろう。
少年は一つだけ、思い当たるものを探しあてた。
「選ばれたの?神様に」
「もうほとんどだと言っていいだろう。どんなものになるかはまだ皆目見当もつかないが」
少年の推測は神父のそれと同じであったようで、実際に言葉にはしないが、“神様のおせっかい”関連で遠回しに、話している。
神父の心配そうな表情(推測)を見ながら、少年は訊ねる。
「どれであるにせよ、どうしてなのかな」
「ん?それは何故、彼女が選ばれてしまったのかということかい?」
「……うん」
神父は少年の返答の間の空白に若干の疑問を持ったものの、続けた。
「あの娘は私が拾った孤児なのだよ。いや、赤ん坊の時に拾ったから孤児とは言えないかもしれないが、ともかく、私の子ではないが私の子だと思っている」
「孤児だと選ばれやすいの?」
「こればかりは神様しか分からないな。“おせっかい”なんて言うものは案外、行う者しかそう思えないこともある」
「それなのに、僕もお父さんもそして、あの娘も選ばれてしまうなんてね」
皮肉混じりに肩をくすめる。
神父は少女と出会った時のことを思い出すように、しみじみと呟いた。
「あの娘は私の付けた名前を嫌だと言ってすぐ捨ててしまうから、呼び名が決まらなくて困っているのだよ。それが今もだ」
くすくすと、二人で笑う。
この会話を少女に聞かせようものならば、ぷりぷり怒ってしまうことは火を見るよりも明らかではあるが、どうしても止められなかった。
少女らしいといえば少女らしい、自分の感性に愚直なまでに従うその姿勢が二人には微笑ましく映るのだ。
しかし、あまりにくすくす笑っていると。
「何笑ってるの?」
あーほら。やっぱり来た。
この三秒後、少女は少年にぽこぽこ叩きに行った。
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