第9話


「この耐久性では人が住むには少し厳しいな」


 神父と合流して早々、神父に聞きたくない事を言われた。

 目の前に佇む教会と比べると少し見劣りするものの、それでも立派な風貌をしていたであろう、建物がそこにはあった。

 木造建築で隙間や腐敗した箇所が多く見られるのは残念だが、神父が言う程では無いと思ったのが少年の第一印象だった。


「これは修理する、と言うより作り直す、と言った方がいいな」

「りふぉーむ、というやつね!」


 街の人から教えて貰ったの、と自慢気に胸を張る少女。


 そこではない、神父の言葉に返すのはそこではない……。


「多少、お金は必要になるかもしれないが何とかなるだろう」

「あ、ありがとうございます」

「なに、気にしないでくれ。キミとは約束があるのでね」

「約束?」


 少女は「約束」という言葉に反応した。約束と言ったって、金曜日に談話室で神父と話すだけなので隠す必要などないのだが、神父は「色々とね」と誤魔化した。

 少女は納得した様子ではなかったが、兎も角今はこちらに集中しようと割り切ったのかそれ以上深く聞いてこようとはしなかった。

 終われば怖そうだが。


「解体業の人と、建設業の人、それから街の長を誰か呼んできてくれ」

「私が行って来る!」


 少女は言うが早いか街の方角へ駆け出して行った。その背中を見送りながら少年はこれから、人が沢山来るのか、と改めて感じていた。


 そんな少年の心を見透かしたように神父が問う。


「怖いか?」

「僕の見た目じゃ……前と同じになる……」

「キミの見た目は昨日の今日でそうそう簡単に変わりはしないさ。私が訊いているのは、心の事だ」

「嫌な目で見られるのが怖い」


 少年は正直にそう言った。

 人が輪廻転生を何百回と繰り返さなければ今の少年の生きた年数には遠く及ばないため、少年の感じていることは大人でも神父でも分からない、理解できない事の方が多いだろう。

 その中でしかし、変わらないものも当然あった。


 その内の一つが他人からの目線だった。


 少女も神父も大丈夫だった。だから、きっと少女が連れてくる街の人々も大丈夫だ、なんて楽観的な希望は抱いていない。

 誰しもが嫌って蔑んでくる時代をも生きたことがある少年にとってその考えは身を滅ぼすことと同じことだった。


 如何に敏感に、如何に恐怖するかが、生きていく上での術だったのだ。


「私とキミは会ってまだ一日経っていないほど薄い関係だ。だからキミの怖がっている様子を見てその奥に何が広がっているかは残念ながら図ることが出来ない」


 神父は少年に安心を持たせるようにわざとらしく肩をくすめて見せた。


「教会に戻ってもいい。ただ、その時は家の希望を教えてもらおうかな」

「どうしてそこまでしてくれるんですか?僕はあなたの言ったように昨日知り合った薄い関係のはず……」


 少年は泣きそうになりながらも必死に問いかけた。

 嬉しくて優しさを温もりを感じて、擽ったくてもどかしくて、泣きそうだった。

 神父は少年に近づき、頭に手を乗せた。

 ごつくて大きな手だった。

 少年には決して届かない場所にある安心させてくれる手の感情だった。


「それはもうキミが私の家族で子供だからだよ」


 神父は自分を己の子供であると認めてくれていたらしい。

 素直に嬉しいと思えた。

 少年は頬を伝わる涙を強引に拭って「ありがとう」と声に出した。

 にこやかに微笑む神父。


「僕はやっぱりまだ人と関わるのは怖いよ。でも、僕を見てくれる人がいて、信じてくれる人がいた。……僕も応えたいって」

「そうか。私はキミの選択を否定はしない。私から言えることは“好きなようにしなさい”ぐらいだ」

「……お父さん」


 言ってから自分が何を口走ったのかに気づいた。はっと口を紡ぐ。しかし手遅れである。


 少年の父は途中から父ではなくなった。母も同様に両親は途中から両親ではなくなった。そんな少年は父でなくなる前の父と神父が重なって見えてしまったのだ。


 表情が些か堅い神父もこれには口角を上げて笑った。


「私がキミの父親か!それはとても面白いな」

「す、好きなようにしろって言うから!!」

「む、確かにそうだったな。ならば、今から私はキミの父親だ」


 少年が咄嗟に取り繕うと神父はそれだと分かった上で父親と呼ぶことを了承した。やっぱり笑っていたが。


「キミにもそろそろ名前がいるな。ほら、父親となるからには「キミ」なんて呼んでいたら変だろう?」

「笑いながら言うなって……そんなに面白くないから。まぁ、名前は……今回は濁してください」

「そう簡単には行かないか。まぁいいだろう。近いうちに決めてくれればそれでいい」


 神父は慈愛に満ちた目で少年を見る。

 安心させると言うよりも、自分が一番安心しているような。

 そんな顔をしていた。


 少年は微々たる違いに気付かない。

 それよりも少年は神父の手元にある、紙に興味を持った。


「それは何?」

「これは製図、というものだ。建築をする時の道標として使うものだ。これに書けば希望通りの家が建てられる」


 まるで夢の紙だ。

 これに自分の望むものを書きこめばそれと同じものが目の前にそびえ立つというのか。

 少年はワクワクを止められない表情でじっと製図を見つめる。

 そんな少年を神父は一言で止めてみせた。


「キミは読み書きできるのか?」

「……無理だぁ」


 この後、神父に手伝ってもらって、製図に色々と書き込んだ。

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