第8話
「おっそーい!!」
少年が玄関へ行くと少女が頬を膨らませていた。何やらご立腹な様子だと少年は察したが察したところで上手くフォローや誤魔化しなどが出来るはずもないので、謝罪の言葉を口にしながら合流する。
「急がないと神父様が怒るよ?普段怒らない人は怒るととっても怖いんだから!!」
「ごめんなさい。ちょっと道に迷っちゃってさ」
「迷ったぁー?私の説明があってあの程度の距離を迷うなんて余程な方向音痴さんなのね……」
「いや、別にそういうわけじゃない」
あれはたまたま見慣れない光景に気持ちが昂ってつい見逃してしまっただけなのだ。
少年は反論しようとしたが、残念なことにそれは意気込みで終わった。
何故なら。
ここへ来た時と同じように、少女に手を繋がれたからだ。
「そこまで方向音痴さんなら、私がいないと迷子になってしまいそうね」
「いや、だから……」
「急ぎましょう!!」
少女は少年の言葉を遮ってずんずん少年を引っ張っていく。
一回通った道。しかし、それは上り坂の話だ。
今は下り坂。
少年は一人ならば駆け下りて行くのに……と思ったが、少女が気づいた様子もなく手を握っているので駆けることができなかった。
「キミはさー」
突如、少女が声を掛ける。
「ん?」
「一人の方が好き?それとも誰かといる方が好き?」
「なんだよ、その質問」
「ま、いいからいいから」
少年は思いもよらない少女からの問いに頭を悩ませる。
一人の方が好きか、誰かといる方が好きか。
そんな事を聞かれても少年は分からないと答えるのが精一杯だった。しかし、少女がそんな答えを望んでいる訳では無いことぐらいは理解していたので、何とか導き出そうと悩ませる。
勿論、昨日までの自分だったら一人を迷わず選んでいただろう。誰かに裏切られるならと思うぐらいならば、自分から信用出来ないと蚊帳の外に出してしまっておきたかったからだ。それが、“おせっかい”に選ばれた瞬間からの少年の基本理念として昨日まで心の中心として成り立っていた。
だが。
昨日の出来事は少年の心を何度もノックし、辺りの寒々しい氷を溶かしていった。
そうなったのは、そうしてくれたのは手を繋いでいるこの少女と、教会にいるだろう神父だ。
この二人が少年に他人といる事も悪くないと思わせるようにさせたのだ。
ならば、と。
この二人とならば自分は他人といる方が好きと答えられるのではないだろうか。
少年は答えを出した。
好きとか好きじゃないとか、個人の感情のことではあるのだけれど。
決して、それが元で何かが変わってしまうなんてことは無いのだけれど。
聞きたいというのなら。
少年は答える。
「君とかなら一緒にいる方が好きかな」
「!」
「ん?どうかした?」
「いえいえなんでもありません!!とっても素直に答えていただいて本当にありがとうございますぅッ!!」
急な口調の変動に驚きを隠すことが出来ない少年は口を半開きにして少女をぽかんと見つめた。
少女はぷいっとそっぽを向いたあと速度を上げた。ぐいっと引っ張られる。
突然のことに足が絡まってバランスを崩してしまった。
「うわっ?!」
咄嗟に声を出すもあまり意味はなかった。何かにつかまろうと近くにあるつかめるものを模索する。
そして引っ掴んだ。
その後、鈍い音と人が叫んだような高い音が響いた。
「いてててて……」
「……」
少年はいつの間にか閉じていた目を恐る恐る開いて行った。
何故恐る恐るだったのかは言うまでもなく。
温かい、具体的に表現すれば吐息が顔にかかっていたからだ。つまり、少年と少女はキスできそうな程、顔を近づけているわけで。
少年の視界に広がっていたのは少女の綺麗な顔と地面だった。
ぱっちりと目が合った。
お互いが驚いて声を出すことを忘れてしまっている。そんな感じであった。
しかし、このままずっといるなんてことは不可能である。そんな事実を先に思い出したのは少女だった。
「びっくりだよ、もう。気を付けてよね」
「ご、ごめん。頭打ってない?」
「う、うん大丈夫。キミが守ってくれたから」
よく見ると少女の頭と地面の間には少年の左腕が挟まっていた。
一体いつそんな余裕が自分にあったのだろう。そんな疑問が浮かんだ。
少年と少女はお互いが少し慌て気味で離れた。心做しか二人とも頬が少し高揚しているようだ。
「それと……これは私のせいだよね、ごめんなさい」
顔を背けて、しかし、ちゃんと顔を見て謝りたいらしく、ちらちらと少年を見ながら謝る。
少年は少女がいじらしく謝ってくるのを聞いて、苦笑混じりに言い返した。
「僕がちゃんと歩かなかったのが悪いから。だから、はい」
少年は立ち上がり手を差し伸べた。
少女は表には出さないように隠そうとしているが頬を上げて少年の手に掴まった。
立ち上がってさらに強く握る。
ちゃんと横並びで歩く。
相手より先に行くことも遅れることも無く。相手に合わせて、二人三脚のように歩いていく。
「あ、見て!神父様があそこにいらっしゃるわ!」
「いつの間に……。あの教会から抜け道があるのか?」
「私達が起きる前から一足先に降りていたのよ!だから私が急ごうって言ってたの!」
「……(そう言えばそうだった)」
ここでどうして急ごう急ごうと少女が言っていたのかを思い出した。
隣で少女が「神父様ぁー!!」と叫んでいる。少年は繋いでいない方の手で耳を塞いだ。片方しか塞ぐことは出来ないが、それでもしないよりはマシだ。
神父は遠くから来ている少年達を見つけたらしく、軽く手を振った。
(あそこの距離でも聞こえるのか……)
少年が何より感嘆したのは、少女の声量だった。
「さぁ、大掃除を始めましょう」
「その前にあそこまでが長そう……」
道はまだまだ険しそうだ。
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