第6話

「どうした?生気が抜けたような顔をして」

「あ……あぁ……」


 無理もなかった。

 少年の孤独に塗れた四百年を考えれば、目の前にいる同じ境遇に陥っている人がいるなど思いもしなかったし、奇跡のような巡り合わせに放心状態になるのも当然だ。


「しっかりしたまえ、男だろう?」


 神父に強く叩かれ、ようやく気を確かにした。あまりに衝撃的で我を失っていた。

 神父は小さく苦笑し、小声で「無理もないか」と呟いた。


 少年は突然のことに感情を抑えるので精一杯だった。本当をいえば今すぐ駆け出して、山の上から声にならない音を叫びたかった。

 手持ち無沙汰な両手がにぎにぎと動く。


 ふと、視界に少女が入った。


 他に特にすることもないし、何かしていなければどうにも気を正常に保てなさそうだったので優しく髪を撫でることにした。


「んみゅ……」


 小さく可愛い声が少女の口から漏れた。


「落ち着いたかい?」

「このタイミングで聞かれると変に勘違いされてそうなんですが……まぁ、落ち着きはしました」

「そうか。なら本題に入るぞ。……率直に言ってキミと私は選ばれた人間だ」


 神父は一口珈琲を啜った。

 合わせて少年も飲み残した珈琲を一気に飲み干した。その後で少女と同じようなことをしているなと思ったが、神父が気づいていないようだったので、そのまま流した。


「選ばれた……?」

「そうだ。そして私はそれを“神様のおせっかい“と呼んでいる」

「悪戯か神罰ではないのですか?」


 少年の問い掛けに神父は少し考えるように間を空けた。おせっかい、に対して悪戯か神罰。似ているようで違う言葉の強さに説明を付けるのは少し難しそうである。

 だが神父は口を開いた。


「キミがそう思いたいのは分かる。だが、私は教会の神父であり、神を信じて祈る立場の者だ。そしてこの“おせっかい”に助けられたことは少なくない。疑問や不信と同じように感謝だってしているのだ。だからこそ私は“神様のおせっかい“と呼んでいるんだよ」

「僕にはまだありません……」

「本当にそうかい?」


 まるであっただろう?忘れたのかい?とでもいうように。

 神父は少年に問いかけた。

 少年は長い長い記憶を辿っていく。

 何かあったか。自分が感謝するほどのものが過去にあったか。

 そしてたどり着いた。

 そうだ、そうだった。

 けれどこれは感謝じゃない。決断だ。

 それでも起点になったのは間違いない。きっと神父はそういうことがなかったのかと聞いているのだと思うことにした。


「……いえ、一つだけありました」

「そうか。感謝することがある、ということは神罰でも悪戯でもないのだよ。だからこそ“おせっかい”なのだ」

「……僕はその“おせっかい”とどう生きればいいのでしょうか」

「答えはキミにしか分からない。だが私が思うにもうキミは気付いているような気がするが」


 神父も少年も“おせっかい”が何か、という深い部分では話していない。あくまでどんな“おせっかい”なのかは個人の問題であり、神のみぞ知る、というやつだ。

 神父は少年の、少年は神父のを知らないが、ここの会話ではある意味通じあっており、自分だけではなく、他にもいたのだと安心するに留められていた。


「もし、キミがまだ答えを得ていないと思うのならば、ここで学んでいくがいいさ。その方が人間としても成長できるし……何よりそこの彼女が喜ぶ」

「これからよろしくお願い致します」


 ぺこりと頭を下げる。

 ふわっと甘い匂いがした。


「今日はまだ会って間もないから、ここら辺で深い話はもう終わりしよう」

「はい」

「キミとは定期的に話をする場を設けたい。毎週金曜日の夜にここで、はどうかな?」

「神様の“おせっかい”についてですか?」


 分かってはいても聞かずにはいられなかった。少年としてはこんな副産物にもならないものについて話すこともできれば進んでしたくはなかった。ないものかのように扱って生活していきたかった。

 折角、人との交流を持つことが出来たのだから、人とは思われないものとは無縁で生きて生きたかった。

 けれど、やはりそうか。

 少年はこの大きなものを背負って生きていかなければならないのだ。これが三百年程前ならば発狂死していただろう。

 だがもう慣れている。だから大丈夫だ。

 少年は神父の申し出を承諾した。


「僕の方からは色々と生活の仕方を教えてもらえれば嬉しいです」

「基本的には彼女がやってくれるはずだ。この子は面倒見がいいからね」

「でも全部を任せるわけには行きません。僕ができることは僕がしないと」

「いい心掛けだ。何でも聞きたい時に聞きなさい」

「ありがとうございます」


 神父も少年も話を始める前とは別人のように笑みを零しながら談笑をしている。

 神父は珈琲を啜った後、立ち上がり、奥から毛布を取り出してきた。

 どうやら少女のための掛け布団らしい。

 柔らかく掛けてやると、冷たかったせいか少女がもぞもぞと動き始めた。

 それでもしばらくしていると慣れてきたのか、新しい着陸ポイントが見つかったのか大人しくなった。


 頭も動かされて膝を貸している少年としてはこしょばゆかった。

 代わりに先程よりも面積を広めになでなでしておく。


「キミと彼女は前からの知り合いかい?」

「いえ、そんなことは」


 そう言って本当にそうだったか、と自分に不安になった。二、三年程前にすれ違ったかもしれない。

 もしかしたらもっと前……?

 そう思って思考を中断した。そこまで考えてしまえば会っていても会っていなくとも他人であったことは間違いがない。それでは神父の言っている事の答えにはならないのだ。

 だから自分は合っている、と少年は自信を持った。


「その割には偉く仲がいいな」

「今日初めて会話したのですから別に仲がいいという訳ではありませんよ」

「この子が他人の前で寝ることは無いのだが……」


 少年は嘆息しながら言ったが神父はまるで信じていないようだ。

 神父が目を向ける先には眠っている少女がいる。


(ぐっすり寝てるな……)


 髪の毛を弄っても、頬をつついてもまるで反応がない。

 そんな少年の様子を見て神父が苦笑した。


「もう完全に寝てしまっているようだ。これは起こすことは出来ないな」

「朝までこの状態ですか……」


 少年は“おせっかい”の影響で不老不死となっている。そのため朝まで寝なくてももちろん死ぬことは無い。だが、人間が基本としている為か、人と同じように生活した方が精神的にも肉体的にも楽であることは分かっている。


 だから、人と理由こそ違うが同じように睡眠欲、食欲、それに性欲までちゃんとあるのだ。


「すまないが洗礼を受けたと割り切ってもらうしかない」

「うへ〜」


 ぺしっ、と少女に恨みを多少込めて叩いた。もちろん軽くだ。

 少女がにへら、と笑ったような気がした。

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