第159話 一行怪談159

 爛れた肉を纏う無数の人らしきものに体を貪られて絶叫する母の夢を家族全員が見た翌朝、いくつもの歯形がついた体中に残った母が布団の中で冷たくなっていた。


 父が蜂蜜だと思ってトーストに塗っているものは、祖父母の墓石からたびたび滲み出してくる液体を瓶詰にしたものだ。


 鏡に映る私の動作が遅れていることに気づいて鏡に手を伸ばしたところ、一瞬で周りは暗闇に包まれて透明な隔たりの向こうでにやにやと笑う私の顔を見て、彼女は私に成り代わる機会を淡々と狙っていたことにようやく気づいた。


 弟の機嫌が悪くなると弟の影が私たち家族の影をめった刺しにするものだから、数年前から私たち家族の影は姿を見せなくなった。


 家のティッシュは使っても使ってもなくならないで重宝しているのだが、ここ最近は近所の住民たちの突然死が多発しているのが不気味だ。


 家の玄関に設置した防犯カメラの映像を確認すると、私が帰宅する一時間前に必ず玄関から家の中に入る、三年前に亡くなった当時の彼女の姿が映っている。


 明け方にベランダの窓の向こうに映るシルエットは、十年前にそこから飛び降りた彼のものに間違いはなく、こちらへ手招きするその影を今日も知らないふりを過ごしている。


 カレンダーに書かれた二月三十日という日付の欄に、「たかし君と地球の外まで逃避行」という覚えのない予定が書かれていた。


 半年ほど経つと横たわる女のシミが床に浮かび上がるようになってきたため、そろそろ遺体をまた別の場所に埋め直さなくてはならないと、シミを拭き取りながらため息をつく。


 娘が行方不明になって十年以上経つが、天井には今日も「どうして見つけてくれないの」という血文字が浮かび上がり、天井が再び赤く染まった。

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