第88話 一行怪談88

 銭湯で頭を洗っているとあちこちからカチカチという音が響きおそるおそる振り返ると、後ろの男が私を凝視しながら歯をカチカチと鳴らしており、驚いて飛び上がると銭湯中の客の口から赤子の鳴き声が轟いた。


 通り過ぎる電車の中の乗客全員と目が合った。


 何か問題を起こしても「年寄りのしたことだから」とのらりくらりかわしていた厄介者の老婆の家が、近所の子どもたちのイタズラで全焼し、中から老婆の遺体が見つかったものの、「子どものしたことだから」とみんな見てみぬふり。


 娘が図書館で借りた絵本の最後のページが黒く塗りつぶされており図書館に電話すると、「色は黒だったか」としきりに尋ねられ戸惑いつつ答えると、「今年は誰も連れて行かれずに済む」とほっとしたような職員の声と重なるように、後ろから娘の悲鳴が聞こえた。


 妻と幼い子どもを残して自殺した同僚の葬儀に参列すると、悲しみに暮れる母の手を握った同僚の息子が私を指差し、「お父さん、あの人と一緒に笑ってるよ」と顔を輝かせた。


 言葉遣いに厳しい友人が唯一「ヤバい」と口をした場所は、我が家の両親の部屋。


 アパートの床下からドンドンと叩く音がするが、下の階の住人は先月引っ越したことを思い出した時、床から腕が飛び出した。


 私の弟は全くと言っていいほど笑わないのに、私が怪我や病気をした時に満面の笑みを浮かべるため、現在私は弟の前で椅子に縛り付けられて、両親に体を切りつけられている。


 賞味期限切れの何かの瓶詰めに首をひねると、瓶の中で蠢く目玉のようなものが見えてあわててゴミに出すと、翌日の会社帰りに目玉が眼窩の奥へ引っ込んだ。


 底冷えのする実家の自分の部屋で震えていると、急に部屋が暖かくなって喜んだのはいいのだが、皮膚がドロドロに溶けるまで暖かくならなくてもいいと思う。

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