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首のない人間に似た異なる存在に付きまとわれている。それは僕に何をするでもなく一定の距離を保ち、表情を窺うことなどできないというのに、僕のことを観察していると認識できた。
どこから連れてきてしまったのか、何をした結果なのか。恐らくは考えるだけ無駄なのだろう。人でないもの――僕が勝手に呼称している、人間とは異なる存在――とはそういうものだ。意識の外から、ごく一般的な思考からはおおよそかけ離れた原理に基づき行動し、対象を心身ともに追い詰める。その結果、死に至ることもある。だからといって死ねば解放されるのかといえばそうではない。死んだところで変わるものなど何もない。
「どうかしましたか。私の方を見て」
僕に取り憑いている少女――ササには、彼女の背後に佇むそれが見えない。死んでなお世に留まる存在であっても、生前の素質をそのまま死後に持ち越したのか、何一つとして感じることはできないという。
……たとえ見えたところで彼女自身は人ならざる存在に対して恐怖心を抱いているため、見えないことが幸せではあるのだろうが。
「そうだ。ひとつ面白い話をしましょう」
唐突に降り始めた雨から退避するために駆け込んだ公園の東屋に小一時間ほど足止めされている現状に退屈したのか、ササが話を振ってくる。
正直なところ聞きたくない。この悪霊の話は大抵の場合ろくでもないから。
「昔々、この辺りで自殺した方がいました」
「もういい」
「良くない。良くないですねミトカワさん。人の話を遮ったのでポイントを下げます」
何の数値が下がったのか知りたいとも思わないが、仮に下がりきったところで気に留める必要もないだろう。どうせすでに死んでいる存在で、そもそもが全くの他人である。僕に与える影響などないに等しい。
僕の返答などお構いなしに、ササは自らの話を続けていた。
生前、つまりは十年ほど前にこの場所で集団自殺が企てられていたこと。たまたまその現場に遭遇したササは興味本位で参加したが、参加者が次々に死んでいく姿をただ傍観するササに対して自殺志願者の一人がなぜ死のうとしないのかと咎め、結果としてその人物を殺したこと。最終的には殺害した人物を殺人犯に仕立て上げるため、他の自殺者たちの首を切り落としたこと。
「彼らも私に感謝していることでしょう。自らの命を絶つなんて、幸せとは程遠い行いです」
首のない存在が増える。それらは僕とササを取り囲み、無言のままに非難する。
これは自殺者たちだ。彼らは全員で仲良く――かどうかは定かではないが、共に、自らの意思で死ぬことを望んでいた。だが、それは叶わなかった。結果として、この場所に縛り付けられている。死んでも死にきれないというのはこういうことを言うのかもしれない。
僕は無関係だ。しかし、こいつらにとってはどうでもいいことなのだ。
「ミトカワさん。首が落ちましたよ」
誰のせいだよ、と言うだけの気力はもう残ってはいない。
遠ざかる意識の中で、ササの話はやはり聞くべきではないと再認識したのだった。[了]
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