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 懐中電灯の光が明滅を繰り返している。

 拾い物だから寿命だろう、とスイッチを切るが薄ぼんやりとした白色は活動を止めることはなく、さらにそれは、電池を抜いたところで同様だった。


「ちらちらとうっとうしいので早く消してくださいよ」

「死人が近くにいるせいだろ」

「私のせいですかね?」


 すでにこの世のものではないササが受けている光の害は気にしないものとして、どのような理由でこれは光り続けているのだろう。蓄光塗料のようなものかと思ったが、照らした先の様子が見えるほど明るく照らさないはずだし恐らく違う。

 それはともかく、こんなものを手に入れたのは幸いではないのか。明るさを失わない懐中電灯。持ち合わせのない僕にとってはそれこそ光明というものだ。これで、空き家に忍び込むのもためらわずに済む。


「ミトカワさん」

「消えないんだから仕方ないだろ」

「いえ、ミトカワさん。それ」


 ササが僕の足元を指差している。その先には懐中電灯。地面に落ちている。

 いつの間に落としたのだろうか。拾わなくてはならない。僕はこの恒久的に光り輝く眩い明かりを絶やしてはいけないというのに。これは間違いのないことであり違えることは許されず、決して避けられない定めだ。

 しかし拾えない。見れば、僕の両の手首から先は腐って虫が這い、酷い臭いが体内へと染み込んでいる。腐食は進んで肘へと向かい、やがて僕の首は落ちた。

 懐中電灯は先ほどよりも連続的に、警告を発しているかのように点滅する。言葉など何も聞こえはしないのに、僕を詰問し、抑圧し、矯正と懺悔を求めている。

 僕が手から離したせいだ。これは罰なのだ。罪を犯したものは罰せられなくてはならない。けれど今の僕に手はない。腐ってしまった。持つことすらまともにできず、不要とされたから存在しなくなった。存在。その通りだ。僕などこの世にいないほうがいい。だから。


「ササ。僕は死のうと思う」

「はい?」

「僕は気がついたんだよ、ササ。光を照らしているわけじゃない。光に照らされているんだ。どうして今の今まで気が付かなかったのだろう。僕らは光を見上げている。それは決して許されることではないんだ。急いで目を潰さないといけない。頭を下げないといけない。首を差し出すんだよ、ササ。今の僕のようにね。地にあってもそれでもなお高い。腐って埋まりそれでようやく僕は人として受け入れられる。この身体は元々彼らのものだ。皮と内臓、呼吸に意思、感情や未来を僕たちは借りていただけにすぎない。借りたものは返さなくてはならない。いいぞ。ササ。その通りだ。だから僕は死のうと思う」

「ミトカワさん」


 僕が最期に聞いたのはササの声だった。

 はて、ササとは誰だっただろうか。

 僕の知ったことではない。



「おはようございます」

「…………酷い夢を見た気がする」

「電池なんか食べるからそうなるのですよ」


 ササの話によると、三日三晩、寝ずに町をさまよい飲食も取らなかった僕は、道端に捨てられていた懐中電灯の中に入っていた錆びついた乾電池を食べたという。

 さすがに彼女の創作だろうと疑ったが、僕の足元にはかじり取られた乾電池の破片が転がっていた。夢であってほしかった。しかしこの町に夢、絵空事など存在はしない。


「ミトカワさんが死んだだけで死ぬわけないじゃないですか」


 足元に転がる懐中電灯のスイッチを入れる。

 光が点くことは、もう二度となかった。[了]

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