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 視界に煩わしさが混ざる程度の小雨が降る中、黒煙が上り灰が舞うドラム缶に本を投げ入れ燃やす女がいた。遠巻きに様子を窺ってみると、フィールドパーカーに身を包んだ人物は、僕の数少ない知人であり、何でも屋を営んでいるヨモツその人だった。

 ドの付く深夜、それもわざわざ公園の目立つところで何を怪しげなことを行っているのかと問えば、暖を取るために燃やしているのだという。確かに最近は妙に冷える日が続いているが、ろくでもないことでしかまともに動かないヨモツのことだ。本心ではないだろう。


 無造作に捨て置かれた本は紙切れをニ三枚ばかり綴じただけの薄いものから百科辞典のように厚いもの、眩い装丁だと思えば中身は腐食したものまで様々だったが、それらのタイトルには共通して人名が記されていた。


「これは何だ?」

「見たままだよ。結末は全て同じな物語……おっと」


 ヨモツが腕に抱えた本の山から一冊が落ちる。

 するとそれは地に着く瞬間にページの隙間から節足動物のような足が無数に生え、僕の身体へと這い上がろうとしてきた。本の虫とはこのような存在を指すのだろうか。いや、恐らく違う。

 以前にも同じような生物――といって良いのかは分からないが――を見たことがあるがその時は遠目であり、どのような構造をしているかまでは分からなかった。しかし今、間近で目にする本の虫は想像していたよりかは害虫を思わせる外見で、活字が並ぶ姿は卵を体に産み付けられているようにも思えて気味が悪く、ページを開く姿は羽根を広げた姿であり、今にも飛びかかってくるのではないかと身構えた。


「本の虫ですね……んん、虫の本?」


 ササが小声でつぶやく。彼女が生きていればこの虫を掴んで火に入れてほしいところではあるが、あいにく彼女は死んでいる。

 本の虫は長く伸びた細い手足から生える細かく鋭利な鈎を僕の腿に突き刺して肉を削り、攻撃の姿勢を示していた。僕は痛みを感じることはないためどうということはないが、通常の人間であれば激痛にもがくに違いない。そのまま放っておいても良いことはないので、背表紙を掴み炎の糧へ変えた。


「助かるよ。そいつらは生存本能が強いようでね。隙さえあれば逃げようとするんだよ。殺してくれーって言っていたから望みどおりにしてあげているのに」


 まだたくさんあるから残りはミトカワくんに任せるよ、と大量の本を僕に押し付けてヨモツは去った。

 手近に積まれた本を一冊手に取り、開く。それは将来を希望された者の物語だったが、主要となる人物はないに等しく、盛り上がることもないまま最終的には首を括るところで完結していた。

 揺らぐ炎に本を投げ入れ、手をかざす。

 もう、次の本を読もうとは思わなかった。[了]

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