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 姉……ですか。暇だから話をしてくれということですが、特に何もないですよ。死んだ私の物語はすでに終わっているのです。別に構わないですけど。

 私には不仲な姉が三人いるというのは以前にお話した通りなのですが、二番目の姉とは特にこれといって密接な関わりがなく、相互不干渉とも言える間柄でした。一番目の姉が私を忌み嫌い三番目の姉が私を溺愛していたことを気色が悪いと感じていた当時の私にとって、彼女はそれこそ空気のような存在だったというわけです。私が冬場に締め出されていようが夏場に枯れ果てようが彼女は私に目をくれることもなく自らの生活に勤しみ、私は日に日に衰弱していくだけの話は広がりようがないので今回は割愛します。

 そうですね……。彼女は手先が器用だったようです。裁縫が得意で、電子機器の修理が上手く、立体パズルや知恵の輪、細工箱などを僅かな時間で解き明かし――そして、手術も手慣れたものでした。

 ある日のことです。私は部屋に招かれ拘束、解剖されました。

 ……?

 えぇ、解剖ですよ。それ以外にあります? いやいや、痛くないのかってそれは痛いですよ。ミトカワさんはよく「僕は痛みを感じないから……」とかなんとかってどこか遠くのほうを目を細めてボソッとつぶやき格好つけていますが、知っていますか? こう……痛いものは痛いのです。痛みというものが分からない人に痛みを教える方法を私は知らないので教えられませんね。だってミトカワさんって刺したところで痛くもないのでしょう。面白みのない人……。まあ、それはともかく。姉の施術――定規とボールペン、セロハンテープによる傷害に耐えられず、私は気を失いました。

 目が覚めたときには姉は疲れたのか眠っており、私のお腹も少し触ったくらいでは傷一つ確認できないほどきれいに、完璧に――見ます? すごいですよ。文房具で行ったとは到底思えないような仕上がりです。けれど私はすでに死んだ身なので当時と今とでは見た目は違うかもですね――そう。完璧に、素晴らしく元通りに縫い合わされていました。少なくとも外からはそのように見えました。けれど、身体の持ち主はそうではないのです。私はいくつかの臓器がなくなっていることに気が付きました。姉は、私の内蔵を盗んでいたのです。

 半透明な存在となった今となっては臓器どころか身体そのものがなくなってしまったので些細なことですが、当時の私はそれはそれは怒りに震えたものです。ん? いや、もしかして、必要な臓器がなくなったことにより不調で震えていただけなのでは? こほん。まあ良いです。そう、怒りのせいにしておきましょう。私は怒りのままに姉を殺しました。あまり家に帰ってくることのない姉だったので、一日二日くらい姿が見られなくても家族は気にすることはないようでした。これもまた、いてもいなくてもということですね。事あるごとに理不尽を頂戴してきた私はそういった意味では大切にされていたと言えなくもないです。これはこれは幸せ、大大大幸福ですね。世界が輝いて見えるようです。本日も閂は雨時々雨、止む予報はありません。好天です。雨に歌い踊りましょう。

 姉ですか? 食べましたよ。家族が。それから近所の人が。我が家では年に一度バーベキューパーティが開かれるのです。私はあとでこっそり三番目の姉から木炭を一欠片いただきました。炭ですが木です。噛めば噛むほど味が染みてきて意外といけるものですよ。

 そう、姉ですね。幼い頃から植物由来のものしか口にしなかった姉とはいえ人に違いはないので違和感くらいはあったはずなのですが、家族を含めて誰もおかしなことに気が付かなかったようです。臭みが少なかったのも理由かもですね。母の好物である珍味の一種くらいにしか思わなかったのでしょう。あまり美味しいわけではないらしいですね、ヒトの肉というものは。

 それで、その……。ミトカワさん的にはどうですか。私を食べましたが……どうでしたか?

 ……マズかった? ひどい味だった? 三日三晩うなされた? 化けて出た?

 いやそれはミトカワさんが火を通さずそのまま食べたからでしょう。見ていましたからね! 私は! 私を食べるところを! きちんと味付けをして最適な焼き加減で食べれば私だってきっとおいしかったはずです!

 ああ、もう。ミトカワさん。

 私は今、死んだことを後悔していますよ。[了]

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