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 廃れた公園の切り株を模した椅子に座り、雨に濡れる四人。服装や体格から家族のように見えるが、彼らの頭部には何重にも――表情どころかそこが頭部であるのかすら窺えないほどに何重にも――麻紐が巻かれており、定かではない。

 ……誰の仕業なのか僕の及び知るところではないが、ただただ邪魔だ。

 寝床が見つからず、食料を手にすることができなかったことへの焦りが溢れる。

 蹴飛ばした男は水溜りに倒れるだけで何の反抗も見せなかった。


「千切れましたね」


 死者でありながら未練がましくこの世に留まり続けている存在、ササが男の側に屈んで様子を確認している。男の頭部は転がり、胴体と繋がっていた部分にも紐が巻かれているようだった。

 見れば、彼らの手足は腐り果て、目を凝らせば無数の虫がうごめいているではないか。この町に常日頃から降り続ける雨は彼らを侵食して身体全体に穴を開ける。隙間からは砂埃が入り込み、草が生えている場所もある。疑うべくもない。彼らはすでに死んでいるのだ。


「それで、ミトカワさん。食べないのですか?」

「僕にそんな趣味はない」

「私のことは食べたくせに」


 ササを無視し、金目のものを漁る。財布、鍵、靴。何かしらの貴金属。ない。身につけていない。ああ、そうだ。歯。詰め物くらいはあるだろう。今の僕には余裕がない。

 子供らしき死体の顔に巻きつけられた、たらふく水分を飲み酷く硬くなった麻紐に先端が錆びたマイナスドライバーを差し込み、開いていく。

 一度ほつれを作ってしまえばこちらのものだ。紐を引っ張り、切り、暴いていく。自殺か他殺か、それとも他に死の原因があるのか興味はないが、何を思ってこれほどまでに頑強に縛り上げたのか。死ぬならきれいに死んでくれ。

 雨足が僅かに弱まってきた頃、ようやく少年の顔が見られた。

 はずだった。が、しかし。

 彼には、顔のあるべき場所には何もなかった。思わず溜息が漏れる。他の三人の顔面も刺して確認するが、どうやらこちらも同じく空洞らしい。

 徒労だ。無意味な時間だ。不必要な労働だ。僕はもう動けない。熱量が足りていないのが分かる。ああ、面倒だ。これは面倒なことだった。初めからこんなことはやるべきではなかったのだ。気が削がれる。眼球の奥が熱い。思考が破裂し、止まることはない。


 僕は、目の前の死体にマイナスドライバーを振り下ろした。



「おはようございます」

「……おはよう」


 いつの間にか眠りに落ちていたらしい。朽ちたベンチに腰掛ける僕の横にはササが座り、普段通りの微笑みを貼り付けている。歪みをどうにか揺らして話を聞くと、彼女が言うには公園に入ったときから僕は様子がおかしく、何もない場所を蹴飛ばしたり椅子を殴りつけていたという。見れば確かに、片手の骨が折れている。痛みを感じることがないため気が付かなかった。止めてくれれば良かったのにとぼやくと、死人が生者に出す口はないのでと口角を上げていた。


「そういえば、死体は?」

「死体?」

「ほら、キミも言っていたじゃないか。食べないのかと」


 なるほど、とササは納得がいったように両手を合わせた。そして、案内するように手で示す。

 その先にあったのは、人の脚と、指。


「言ったじゃないですか。何もない場所に八つ当たりをしていたと。けれどすごいですね。マイナスドライバーで自らの脚や指を切断するなんて。そうそう真似できませんよ」


 目を落とす。

 そこに見えたのは、手足首に何重にも巻かれ黒く変色した麻紐。

 ……ああ。

 腹が減ったまま動くべきではなかった。ろくでもない一日である。[了]

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