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 廃屋での探索を終えて外へ出ると、三日に渡って降り続いていた雨が上がっていた。文字通りの意味である。雨粒が地面から次々と湧き出てきて、通常とは真逆に空へと上昇している光景が目の前には広がっていた。


「おや。ミトカワさんは初見ですか」


 ササの話によると短期間に多量の雨が降った時などに発生する超自然現象の一種であり、地面が雨を吸収しきれなくなった場合に時折発生するらしい。一般的な雨への対策としての装備が意味をなさなくなるため、この現象が起こった場合には町内放送が流れ、早急に建造物に避難することが促されるという。

 ……いや、この町に住んでそれなりになるが、聞いたこともない。


「私が今考えましたからね」


 常日頃から貼り付けられもはや表情として機能していない微笑みには、悪意のかけらも見られなかった。

 しかし困ったものだ。ササの嘘の通りこれでは外へは出られない。降雨であれば傘や合羽、それこそ衣服や鞄で頭上を覆えばでどうにでもなるが、足元からではとっさの装備で防ぐことは難しい。目を伏せれば雨の雫が眼球を突き刺し、鼻や口をも侵食していくだろう。雨がまともになるのを待つしかないのか。

 ササはというと、自らが世界に干渉しないことをいいことに昇っていく雨の中に立ち、早くこちらへ来いとばかりに両手で小さく手招きをしていた。


「何をもたついているのですか。早く来てくださいよ」

「嫌だよ」

「いいから、ほら。こちらは良いところですよ」


 亡者が言うセリフではない。誘っているならなおさら聞きたくはない。加えて、彼女は悪霊である。言葉のひとつひとつの意味が死神の鎌ということもあり得なくは――。


 不意に、背後から軋む音が聞こえた。

 次に、足元が歪み、振動する。

 そして、轟音が響くと同時に弾き出されるように外へと転がり出た瞬間、廃屋は空へと打ち上げられた。


「この家、雨漏りや床抜けが酷かったですからね。それに今は雨も風も強くなったところですし」


 そういう問題なのだろうか。

 見れば、空へと消えていっている家々は他にもあるようだった。気のせいだろうか、先ほどまでに比べれば雨脚は弱くなっているように思う。もしやこれは通り雨なのかもしれない。ということは、もう少しの時間が経てば雨は弱まるか、この町では珍しいことだが止むことだってあるかもしれない。

 ……どの場合であっても家屋が墜ちてくることに相違はない。

 僕は、足早に次の退避場所を探すのだった。[了]

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