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生きているうちにやりたい十のことがあると少女は話した。そのうちの七つはすでに達成しており、残りの三つもすぐにでも行動に移せるという。
「ひとつは、人を好きになること。ふたつは、人を殺すこと。最後に、死ぬこと。だからおじさん。あなたのことを好きになるから殺させてよ。そのあとに死ぬから」
「僕はおじさんではない」
「私の倍生きてるならおじさんでしょ」
とにかく、と少女は続ける。
「殺すのと死ぬのは簡単だと思うんさ。今まで少しずつ時間を掛けて練習してるからね。けど、どうにも人を好きになれんのよ。どうしたらいいかな」
「僕が知るかよ」
実情として、人に対して好意を抱くという行為を僕はほとんど経験していないため、少女に対してそれらしいアドバイスを伝えることができないのだ。好きだというまで椅子に縛りつけ三日三晩暗所に閉じ込めれば良いのでは、と適当な嘘をばら撒いたらそれこそ彼女は僕をそうするだろう。散歩していただけの僕を脅し、持ち主の消えた農業用倉庫に蹴飛ばすような女だ。躊躇なく動くはずだ。
「どうして僕なんだ?」
「好きになろうとした相手ってこと? そうね。目かな。おじさんの目がギガ好きなのさ。うつむいて隠そうとしても無駄だよ。ね、きれいだよね。ちょうだい」
手に握った小ぶりのナイフを突き出してくる。とっさに払うと、ケチだ心が狭いだのと悪態をつかれた。
「まあ目はもう持ってるしいいや」
聞けば、彼女の部屋には同級生の目玉が男女それぞれ一クラス分ずつが完璧に保存されているという。ここ最近世間で騒がれている正体不明の凶行の正体を知った瞬間だった。注目を集めるのが好きなのだと少女は続けたが、どうでも良かった。僕は人を見るのも人に見られるのも嫌いだから。少女の心境など分かろうとも思わない。分かった気になったところで戯言が口から出るだけだ。
「ミトカワさん」
埃の積もった廃倉庫の足が折れた椅子に腰を掛けている――ように見えるが彼女は霊体であり、どこまでいってもただのフリでしかない――ササが、自信有りげに姿勢正しく手を挙げ僕に声を掛けてくる。
何か妙案でもあるのだろうか。死んで十年ほど経過しているとはいえ、女子高生経験者である。誰々を好きだとか嫌いだとかいう話題は事欠かなかったに違いない。返答を窺ってみようじゃないか。
「拷問して好きになってもらえるよう仕向ければ良いのでは?」
「思うに」
あいつは駄目だ。
ササを無視して少女に向き直る。
「まだ若いんだから、そのうち好きにはなれるんじゃないか」
「うーわ、月並み。これはおじさんじゃなくてオッサンやね」
萎えた、と短く言葉を残して少女は倉庫を出ていった。
後に残ったのは腹を抱えて笑う悪霊と歳だけ食った干物。
ただ、それだけである。[了]
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