72

 大雨の中に死人が二人。

 僕を殴り殺した男たち三人は、吹き荒ぶ暴風雨に急ぐように僕の首を荒々しく、しかし慣れた手付きで切断し、全く丁寧とは言えない――潰されなかっただけ良しとしよう――粗末な手捌きで分離した四肢と共にポリ袋に突っ込み何重にも黒いゴミ袋で覆い、浅く掘った穴に放り投げ、その上から泥を被せて去った。


「なかなかに惨めなお姿ですよ、ミトカワさん」


 もうひとりの死者、僕に取り憑いた悪霊であるササの声がかすかに聞こえる。小言のひとつでも返そうとしたが、どうにもうまく声を出せない。口内や喉奥に砂利や泥が詰まっているのだろうか、呼吸も満足にできないように思う。

 さて、どうして僕がこのような目に遭わなくてはならないのか。それは男たちが僕の他にも多数の死骸を遺棄していた場面に居合わせてしまったからだろう。ここ閂の町は雨天の頻度が高く、そのためか土砂災害や水害が他に比べれば頭ひとつふたつは抜けて多い。そこに目をつけた者たちが他所からやってきては廃棄物や死体をこれでもかと捨て、隠蔽を図るのだ。僕からすればありがたい話である。ジャンク品や肉は多少なりとも金になるから。


「うわ、来た。ミトカワさん。良かっ……いや、そうでもないですかね。お医者さんが来ましたよ」


 死の飽和するこの町には、とある一人の医者がいる。

 名前は知らない。知ろうとも思わない。知ったところで知らなくなるから。

 だから人々は彼――いや、今は彼女だったか。噂でしか聞くことのないその存在を医者やドクターと呼称するのだが、彼女が本物の医者なのかは定かではない。


「ハロー・ハロー、死にかけの民よ。安心したまえ。私が来たからには、キミはまだ死なない!」


 土を掘り起こす感触が伝わってくる。人の顔にショベルが突き刺さることなど構いはしないらしい。

 そして僅かな間の後に、


「なんと、ミトカワさんじゃないか! この辺鄙な地で死体に擬態し遊び呆けるとはなかなかに酔狂、下手をすれば死んでいたところだよ」


 調整の行き届いていない合成された音声がノイズ混じりに聞こえてくる。光を通さないゴミ袋の中にいるため彼女の姿をこの目で見られないのが残念だ。ああ、本当に残念だ。彼女を殺して本当に人間であるのか確かめたいと常々思っていたのに今の僕は死んでいて、出す手も足も投げ捨てられている。バラされた人体は無力だ。なすすべもない。


「ふんふん。臭うね。まったく別の死人もどきの臭いだ。けれどこれは、この感じは……。あぁ、死だ!  死そのものだ! 死の神だ! 死の神が私を見ている! さぁ、私に祝福を! 人はそう簡単には死なないという生の祝福を授けたまえ!」


 この医者は常日頃から死など存在していないと主張している。人は死なない。私がいるから。私がいる限り人々は幸せに暮らし続けることができるのだ、と。彼女の中では幽霊など存在しない。人が死ぬことなど万が一にもないものだから。死なないのだから化けて出ることなどあり得ないのだ。そのような思想を持っているからか元々の素質によるものか、彼女にはササを見ることができない。

 いつだったか、自殺を企んだ男女がいる。彼らは望みのままに命を絶つことができたが、医者の手により二人まとめてミキサーに掛けられ生命維持装置に繋がれ今もなお生き続けている。容貌こそ原型なく変わってしまったけれど、質問に対してイエス・ノーで反応するのだから間違いなく生きている、とは彼女の弁だ。その時の質問は死にたいか? というもので、答えは大きくイエスを示していたが。


「なんだ、キレイなものじゃないか。ここについ先ほど仕入れたばかりの新鮮な血液がある。たっぷり三人分はね。キミがどれだけ美味しく飲めるか、試してみようじゃあないか!」


 その前にとりあえず麻酔を――という平坦な声が、僕に聞こえた最後の言葉だった。



「おはようございます」

「……おはよう」


 目覚めた先は度々散歩に訪れる公園の東屋で、コンクリート造りの床に転がされていた。

 どうせならベンチに置き去りにしてくれれば身体に砂埃が埋まることもなかったが、助けてくれた――とは限らないが――のだから文句は言えまい。

 僕を覗き込むササの背後に気配を感じる。ぼやけた視界を凝らして様子を窺ってみると。

 うわ。


「そいつらは何だ?」

「ミトカワさんを殺した人たちです。今はもう虫と共に生きる存在ですが」

「共にというか寄生だろ、もはや。蝶と蜂と……」

「蛾です。でも、イエス・ノーで受け答えはできるようですよ、やってみてくださいよ」

「……お前ら、そんな姿になってもまだ生きたいか?」


 三人は昆虫の蠢く頭部を大きく動かし反応を示したが、虫が一斉に飛び立ったのを境に身動きを止め、後には何も残らなかった。[了]

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