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 天気というものは人々の感情が集積、放出され形となったものであり、つまるところこの町に雨が降り続くのはそれ即ち住民が心に抱く悪感情であったり悲哀、または怒りであったり怠惰が原因である――とササは語った。

 なるほど。確かにここ閂町では不審死や行方不明、未解決事件が特に多いように思う。しかしそれは全国的に見てもさほど突出したものではない。隣町では気がついたときには家族がまるっきり別人に入れ替わっていることもあると聞く。今日の友は明日の友とは限らない。自分が自分ではなくなっていることだっておかしくはないのだ。それに比べればここは住心地が良いと言ってもいい。少なくとも毎日の食事にはありつけるから。僕は僕だ。少なくとも今のところは。恐らく。そう思い込んでいるだけか?


「ご存知ですか、ミトカワさん。泥って食べ物ではないのですよ」

「苔だよ」


 雨が多いと緑も多い。放棄された建造物の陰には多種多様な植物が生い茂り、目には優しく腹に溜まる。調味料がないためさほど変化は楽しめないが、それでも食べられるものには違いない。僕には痛みというものがない。故に、腹痛などとは縁遠い。それはつまりどんなものでも食べられるということに他ならないのだ。


「いい年のおじさんが草をむしって口に運ぶ姿は見るに耐えないので止めていただけないでしょうか」

「僕はオッサンではない。というか生きていれば同い年だろう」

「私は女子高生という立場で死んだので今現在も女子高生です」


 幽霊というものは死んだときの姿かたちで化けて出ることが多いようだが、それはやはり本人が望んでその姿で出てきているのだろうか。ササが着用しているのは僕が高校生だった当時に指定されていた黒一色の――しかしなぜ全くの黒だけなのか、校章から学年を表すワンポイント、靴下まで艶のない黒である――セーラー服とスカートだが、その気になれば別の服装に袖を通すことも可能なのか。もしや、あまり気に入っていない衣服で死んだせいで恨みをはらそうにも人前に姿を現せない、などという霊体も存在するのかもしれない。つまり……つまりである。それらの無念がそこかしこから集いに集って雲を呼び寄せ雨となり、そして――


「ミトカワさん?」

「確かにキミの言う通り、この町には幸福が足りていないのかもしれないな」

「うわ。気色悪……けれどまあ、そういうことですよ。そこで首を吊って死んでいる彼女たちもきっと、この町、ひいては世界に失望して命を絶ったわけでして、それらが回りに回って雨が降り……」


 僕とササの目の前、公園の隅に建てられた東屋の中心では、二人の少女が梁から吊った縄の輪に首を掛けて息絶えていた。彼女たちの手首は錠で繋がれ、手の指先は絡んでいる。腐敗が進み表情は窺えないが、少女たちは本当に絶望の中で死んだのだろうか。今となっては知る由もない。[了]

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