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「わたしを殺すのか」
力なくベンチに横たわる少女が首だけをこちらへ向けて、あどけない容姿にそぐわない低く重い声で問い掛けてくる。彼女は身体の自由を制限され――知人でありなんでも屋を営んでいるヨモツが人体に使用すれば今後の生活に多大な悪影響を及ぼすと話していたスタンガンの威力は嘘偽りがないようだった――言葉を紡ぐ以外は指の先を動かすこともできず、僕の答えを待っている。
このやり取りは何度目だろうか。僕の返答は変わらない。ただ「そうなるな」とだけ目も合わせずに返した。彼女は死ぬ。僕が殺す。ただそれだけの話である。
少女の名は××××――どうにも言葉で表すことができないが、少女の話ではかつて古代に存在していた国の忘れ去られた言語だそうだから仕方がない。僕にはまともに発音できない。仮称としてぬか漬けと呼ぼうとしたら廃棄されカビにまみれたバウムクーヘンを食べたときと同じ表情をササに向けられたので止めた。
××××は人の生を吸って生きる種族なのだという。吸血鬼みたいなものかと問うと公園の電灯にヒビが入るほどに鋭利な声で中耳の奥まで刺してきたのでどうやら違うらしい。どうでもいいが。人でないものに変わりはない。
「ろくでもないものを連れているようだな」
ササのことだろう。間違ってはいない。視線の端に映る手持ち無沙汰そうに細腕の筋を伸ばしている黒一色のセーラー服とスカートを着用したどこか半透明で生気の抜けた少女は悪霊であり、生者に対して害を及ぼす存在だから。彼女の姿を見、声を聞いた瞬間に人は死ぬ。なるほど、僕は死んでいるらしい。
冗談はさておき。
「さて。そろそろ頃合いか。どうやって死にたい?」
「死にたくないね」
「交渉決裂だ」
雨が止み――珍しくこの日は晴れていた――必要なくなったビニール傘の先端を少女の喉に押し付ける。刺さるほど鋭利ではない。しかし、石突は力を入れずとも沈んでいった。それはやがて傘の生地から骨組み、すべてを食い尽くし、僕の手元には何も残らなかった。
「うわ、ミトカワさん。目から傘が飛び出ていますよ」
言われてみれば、確かに僕の右目から何かが突き出てきている。掴んで引っ張る。なるほど、これは先ほど少女に刺した傘に違いない。どのような原理でこうなっているのかは知らないが、どうせ自らの身体から取り出さなければならないのであれば曲がったハンドルなど選ばなければよかった。眼球の奥、いやこれは鼻だろうか。口かもしれない。とにかく、どこかに引っかかってうまく出てこない。こうなっては仕方がない。
僕は、力まかせに傘を引っ張り抜いた。
「……わたしが言うのもなんだけどさ。お前、人間じゃないだろ」
「僕はまぎれもなく人間だ……ああ、ようやく取れた。ようやくだ。ようやく取れた。顔なんて飾りだな、これ。さて。それじゃあ次はこの錆びた万年筆を試してみよう。心配しなくてもいい。時間はあるから」
それから小一時間が経った頃――どれだけ刺しても千切っても、重しを落とし感電させても泥を詰めても全てを僕に返してきた少女は、唐突に降り始めた雨に焼かれて溶けた。間違いではない。雨が彼女の額に触れた瞬間、そこから肉体が崩れて骨が出てきたかと思えば、何も残さず消えてしまったのだ。
といったことを僕に殺人の依頼を持ちかけてきたヨモツにそのまま伝えると、嘘は駄目だと報酬の支払いは突っぱねられた。
ろくでもない一日である。[了]
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